回帰の一歩
毎日、目覚める度にあった日常。
おはようの挨拶、天気や気温の話、庭に遊びに来る地域猫の話題
仕事から帰る度にあった労いと安堵。
おかえりの言葉、その日あったニュースの話題、自分が不在の時に来た地域猫の様子
居間でテレビを見ている母の姿。
楽しそうに笑う、衝撃映像連発のような番組に声をあげて驚く、再放送の時代劇がカメラマンであった祖父の撮影の回だと手を叩いて喜ぶ
「かずと、かわいい猫が出てるよ~!」
テレビで猫の番組がある度、部屋にいる自分に教えてくれた。
そんないつまでも、ずっとあると信じて疑わなかった日々。
花の名前に詳しくて、色んな花を教えてくれた。
鳥の鳴き声に詳しくて、色んな鳥を教えてくれた。
咲いている花、庭に来る鳥、遠くで聞こえるその鳴き声。
「母さん、あれは何の鳥?」「あぁ、今のはね…」
なんの変哲もない会話、それが無性に懐かしく感じる。
出産の日、台風で大雨の中、陣痛と戦いながら産婦人科へひとり歩いて行き、自分を産んでくれた母。
若い頃に幼稚園教諭を長く勤め、自分が大人になってからもベビーシッターとしてたくさんの家庭の子育てに協力し、区から表彰状をもらった母。
目立つ事が苦手で、人に迷惑をかける事を一番嫌がる。
人の世話、面倒、介護をずっとしてきた母。
母さん、その生き方からたくさんの事を学んだよ。
「天狗にならず、謙虚に、感謝の気持ちを忘れずに」
そういえば先月、節分の話題が取り上げられていたテレビを一緒に見ていた時
「節分の次はひな祭りだね」
と何気なく言っていたよね。
母さん、今日ひな祭りだよ。
あの日の普通の会話から、まさか今日母さんが側にいない世界があるなんて考えもしなかった。
もっと家事の事、料理の事、炊事洗濯の事、聞いておけばよかったな。
今まで母さんがやってくれていた事、それをなんとかこなしながら、その都度思い出に触れながら、日々を生きています。
母が昔に作ったひな祭りの工作を仏前に飾りながら、つい口から紡がれる在りし日の思い出。
真昼の青空に鳥が鳴いている。
「母さん、あれは何の鳥?」
笑顔の遺影に問いかける、そんな上巳の昼。