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#62 ワハーンロバ旅 ヴランからシルギン温泉
朝起きて、出発前にミシュカには草を食べていて貰おうと裏庭に回り、お父さんにミシュカ出していいですか?と尋ねると、家畜小屋の塀の向こうからミシュカの鳴き声が響いた。娘さんがキッチンの窓から顔を出し、ふふっミシュカ、きっとナナの声が聞こえたのねと笑う。
迎えに行って、草場に繋いで、草を食んでいてもらう間に私も朝食を頂く。ひとりあたり目玉焼きが3つも出てくる大盤振る舞い。娘さんはお客さんが喜んでくれるのが私達の喜びなのよ〜というスタンスで本当におもてなしが素晴らしかった。朝食後、もう一泊していくというインドネシアちゃんを含め、みんなに見送ってもらってまた私達は歩き始める。今日はシルギン温泉があるシルギン(Shirgin)村まで歩く予定だけど、シルギンにはゲストハウスがない。正確には一軒あるけど営業していない?ランガール側から来たインドネシアちゃんいわく、前を通りかかったけど、もぬけの殻って感じで営業しているようには見えなかったな〜とのこと。そしてシルギンは道路沿いには家がなく、丘を上がったところに家々があるとの事で、今晩泊めてもらえる場所を探すのは容易ではないかもしれなかった。
英語で書かれたサイクリストのブログに寄ると、シルギン村から3km先に進んだシルギン温泉には一軒ゲストハウスがあって、温泉の上の建物に泊まれるとの事だったけど、そのブログが書かれたのは2018年。日本でもコロナで多くの温泉宿が廃業してしまったが、果たしてまだ営業していてくれるのだろうか…もし営業していなかった場合、シルギン村から3km進み、3km戻り、さらに丘の上にある村に登って泊めてくださいそうな家庭を探すことになり、18km+登り坂となってしまう。今までの経験上、この行程はかなり辛そうだから、できれば避けたい。また、ゲストハウスとは言っても、ブログによると、男性がひとり鍵番としているだけのような簡易な宿泊施設らしく、女性ひとりで泊まりに行っても良いような宿なのかも情報がない…まぁとりあえず行ってみるしかない!
ヴランから次の村までは結構離れている。右にはパンジ川の湿原とアフガニスタンの山々、左にはタジキスタンの岩山が目前に迫る絶景。
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絶景なのは良いのだけど、日陰がない。日が高くなってくるとミシュカはいいけど、私が辛くなってくる。そんな時、タジキスタンの岩山から雪解け水が流れ落ちる滝を発見。ちょうど滝の水が青草を育み、ミシュカにも最適なモグモグ場所だったので、しばし休憩する事に。ミシュカを草場に放し、私は滝の裏の日陰に避難。あ〜最高に涼しい。
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水を飲みながら休憩していると、比較的遠くに放したミシュカがトコトコとこっちに寄ってくる。青草を食べずにキョロキョロとあたりを見渡したミシュカは、滝の裏に私の姿を見つけると、あ、そちらにいらしたんですね〜と言わんばかりにまたスタスタと少し離れて草を食み始めた。ミシュカが私に慣れてきていると思うのだけど、偶然かな?ロバは群れを作らない生き物だというけど、ミシュカは圧倒的に寂しがり屋で仲間(私)が見当たらないと探す気がするのだけど。
村がない場所は日差しや土埃が大変だったりするけど、その分絶景が広がっている。歩き始めた当時は川幅が狭く、切り立った崖の下を流れていたパンジ川も川幅が広がり、すぐ真横を流れるようになった。
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しばらく行くと、真っ白できめ細かい砂の砂漠地帯が現れた。すごいきれい…が、こういう場所は非常にまずい。なぜかと言うと、ミシュカが砂浴びをしたくて仕方がなくなってしまうのだ。ミシュカと歩き始めた初日、荒野で突然ミシュカが動かなくなってしまった時、疲れちゃった?もう歩けない感じ!?と焦ったけど、今思えばあれば砂浴びしたいよ〜というアピールだったのだ。ミシュカは虫嫌いのきれい好き。この砂は人間の私が見ても砂浴びに最適そうな砂…砂浴びしないで!頑張って歩いて!と言い続けることも出来るけど、ずっと追い立て続けるのは可哀想だし…仕方がないので寝転がらせてあげるが、当然荷物が邪魔で転がれない。転がれないとわかった時のミシュカの顔ったらない。ごめんな…目的地に着いたら砂浴びさせてあげるから今は我慢してくれ〜。
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砂浴びしたくて何度も足を止めるミシュカの気持ちを盛り上げるため、横道に逸れて、モグモグタイム。まだまだ先は長いぞミシュカ〜!
日が高くなって、暑くなって来た頃、ドリズ(Drizh)村に差し掛かった。村に入ってすぐ、こっちゃこ〜い!と原っぱで手を振る村人を見かけたが、めっちゃ日向でチャイを頂くには暑そうだったし、ミシュカの好きそうな青草も生えていなさそうだったので、手を振って挨拶だけすると先を急いだ。村に入ると日陰があって、青草も生えていたので、休憩させてもらう事に。するとさっき原っぱで手を振っていたふたりのうちのひとりと思われる女性が、チャイセットの入った袋を下げて近づいて来た。畑仕事に勤しむ旦那さんのもとにチャイを届けた帰りなのだろう、チャイはいかが?と問いかけられる。ありがとうございます、頂きます。と答えるとコーヒーもあるよ〜とコーヒーを淹れてくださった。どこへ行くの?シルギン温泉です。シルギン温泉ね!いい温泉よ〜。シルギン温泉の上のゲストハウスって営業していますかね?営業しているわよ〜。
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良かった。少なくともシルギン村から3km歩いた先で温泉宿が営業していないという悲劇は避けられそう。英語がややできるお姉さんとお話ししていると、ぎゅうぎゅう詰めに人を乗せた車がクラクションを鳴らしながら通りかかり、その音を聞いたおば様が家から飛び出してきた。乗り合いでシルギン温泉に行くとのこと。タジキスタンの人達も温泉好きなんだなぁ。
コーヒーのお礼を言って再び歩き始める。今日は歩く距離がそれなりだから、まだ歩かなければならない。シルギン村まではあと少しだけど、温泉まではまだ距離がある。
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シルギン村の入口に、インドネシアちゃんが営業しているようには見えなかったなぁと教えてくれたゲストハウスがあった。すごく立派な建物で、看板も出ていたけど、確かに人の気配はなくひっそりとしている。そしてシルギンの村は道沿いではなく、丘の上にあるので、道沿いで泊めてくださいそうな家を探すことも難しそう…シルギン温泉の上の宿やっててくれるみたいで良かったなぁ…。
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カッコよかった
時刻は夕暮れ時、向かいからヤギと羊の群れが羊飼いに連れられて戻ってきた。メェエ〜メェエエ〜と声を上げながら近づいてくるヤギと羊に、急に反転して逃げ出すミシュカ。大丈夫〜!大丈夫だから〜!怖くないから〜とシューと言いながら、手綱を握って逃亡を妨げる。体はミシュカの方が大きいのに、集団で来られたから怖かったのかな?それにしてもミシュカって箱入りだよな。今までヤギや羊と触れ合って来なかったのかな?
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もうすぐシルギン温泉と言うところで、突然アブに襲われる。ミシュカの方が体温が高いからか、執拗にミシュカに襲いかかるアブ。虫が嫌いなミシュカは足を振り上げ、頭と尻尾を激しく振って抵抗しているが、しつこいアブは離れない。私の可愛いミシュカに何をする〜!と私も必死に手を振ってアブを追い払おうとするが、アブも絶対に諦めない。ミシュカの体に止まったタイミングを狙って叩いて殺そう!とタイミングを見計らっていたら、なんとよりによってミシュカのたまたまにアブが。そこは絶対に刺しちゃダメ〜!とバシンッ!なんとかアブを叩き落とすことに成功。デリケートゾーンをアブと私に襲われたミシュカ、すごく複雑そうな顔をして、ジロリと私をかえり見る。もう着くから。着いたら砂浴びも出来るし、草も食べられるから!
ようやく、なんとか日暮れ前にシルギン温泉に到着。温泉の建物の上には宿があった。登っていって、ドアの中を覗くと、おじさんが3人。やはりいままでの家族経営のホームステイと違って、女性はいなそう。ロバで来たんですけど〜と言うと、牛乳瓶の底みたいなメガネをかけたおじいちゃんが、ジェスチャーで俺はロバの事はわからん〜そこいらに繋いどけ〜と言ってきた。なんだか日暮前にしてすでに酔っ払っているような?ミシュカの荷物を降ろし、草が食べられる木の下に繋いでおじいちゃんの元に戻り、おいくらですか?と尋ねると40ソモニ(529円)との事。2018年に書かれた英語のブログの価格と同じ…この物価高騰の折り、お値段据え置きだなんて凄すぎる。宿泊代だけでなく、温泉入湯料も含まれているから安すぎる。
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なんか中南米感感じる景色?
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3人のおじいちゃんは、ひとりが温泉の管理人、もうひとりはドゥシャンベからの湯治客、残りのひとりは多分管理人のおじいちゃんの飲み仲間。こっちの部屋が君の部屋〜こっちの部屋が俺たちの部屋〜と一応男女で部屋を分けてくれているみたいだし、酔っ払ってはいれど悪い人達じゃなさそうだし、部屋は鍵がかかるし、他に行くところもないので、今晩はここでお世話になります。
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荷物を部屋に運ぶと早速温泉に入れてもらう事に。温泉のドアには何曜日は男性、何曜日は女性と記載があったけど、空いていれば入っていいシステムみたいだった。外から鍵はかかるものの、内側からは鍵が閉められないシステム…どうやって男女どちらが今入浴中か知らせるのだろうか…とウロチョロしていたら、温泉の前で故障した車を直していたお兄さんがきてくれた。この温泉とゲストハウスのオーナーだと言う。鍵が閉められないんだけど。と言うと、大丈夫!俺が車直しながら、男が入りそうになったら止めるから!本当かよーと疑わしそうな目で見ると、俺を信じろ!とお兄さん。まぁ温泉入りたいから信じる事にしよう。
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壁に風景画の布が貼られてました。
シルギン温泉はぬるめの鉄湯。鉄のにおいがする茶濁りしたお湯で体温よりちょっとあったかいかな〜ぐらいの温度しかない。ガラムシャチュマとビビファトマの湯が熱かっただけに、ちょっと物足りないような気もしたが、長湯するには最適だった。十分堪能して外に出ると、目の前にはもうひとつの温泉の建物。管理人の飲み仲間のおじさん曰く、シルギンには3つの温泉があるらしい。メインの温泉の建物の正面、さっきの写真の半分パンジ川に水没した建物にも行ってみることにした。こちらも内側からは鍵が閉まらないどころか、ドアすら閉まらないシステム。どうしたものか…と思っていると、またオーナーのお兄さんが来てくれて、ダメダメ!危ないよ!この温泉深いから!俺の身長(175cmぐらい?)で顎までくるから!お前入ったら溺れちゃうから!とのこと。え〜なにその深い温泉気になる〜と覗いてみると、思わずなんじゃこりゃ!?と声を上げてしまった。鉄色の温泉にボコボコと浮かんでくる気泡。鉄湯の炭酸泉?!えー入りたい!と思ったけど、深いこととドアが閉まらないことから男性専用のようで、地元の人も男性しか入っていなかったので諦める事に。
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宿に戻ると、飲み仲間のおじさんが話しかけてきた。英語のブログとか読んでいると、タジキスタンはセクハラが多い。男に笑いかけるな、最低の女(ビッチ)を演じろ!と書いてあるので笑顔を振りまかず、できる限り最低な女を演じてみるものの、悪い人じゃなさそうだから自分の態度が申し訳なくなってくる。天から見れば、イスラム教徒もキリスト教徒も仏教徒も同じと言う意味でおじさんは人差し指同士を寄せて見せたのだけど、結構俺たちラブラブしようぜ?みたいな意味で同じように指を擦り合わせるジェスチャーをしてくる人がいるから、そのジェスチャーの意味も確認せずに、ニェット!(No!)と言ってしまい反省。違うんだ違うんだそう言う意味じゃないとおじさん。その後もお茶はどうだ?部屋に持ち込んでいいんだぞ?夕飯はいらないのか?パンとカップラーメンあるぞ?と何かと面倒を見てくれるおじさん。セクハラおじさんじゃなくて本当にいいおじさんなだけで、ちょっと心が痛んだ。ごめんねおじさん。
日暮前、最後にミシュカの様子を確認する。ここは湯治宿なので、初めてミシュカを夜入れておく小屋がない。木に縛った紐が緩んでいないか確認し、おやすみと伝えて立ち去ろうとすると、グイグイ紐を引っ張って私のところに来ようとするミシュカ。ごめんなミシュカ。今日はここでひとりで寝てくれよ。流石に家の中には入れてあげられないし、ここなら草も食べられるから!おやすみミシュカ、また明日!
15/Aug/2024