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#65 ワハーンロバ旅 ピーク・エンゲルス・メドウ

朝5時起床。5時半にミシュカを迎えに行き、まずはミシュカに青草をたっぷり食べさせて、6時半ごろから道草を食わせつつゆっくりとピーク・エンゲルス・メドウに向かって歩き始める。

ピーク・エンゲルス・メドウへの登り口はゾング村からとランガールからの2カ所あるのだけれど、ランガールからの道はかなり急登りでオススメできないと、私より前に登ったセルビア君、インドネシアちゃん、アイルランドちゃんに聞いていたので、私はゾングから登ることにした。ゾングから登ると、登りがなだらかな分距離は長く、往復約20km歩かなければならない。ピーク・エンゲルス・メドウの標高は訳4,000m、朝早くから登り始めるに越したことはない。

アイルランドちゃんいわく、ピーク・エンゲルス・メドウにはたくさんのロバも放牧されていたとのことだったので、もしかしたらロバを放牧している村人の中からミシュカの新しい家族が見つかるかもしれないという期待を胸に坂を登る。

村を抜けると、高台の坂道に出た。それなりの登りがずっと続いていく。ミシュカとゆっくり登っていると、後ろから草刈機を手にした青年が追いついてきた。高地にある牧草地に草を刈りに行くんだそうだ。大学生で夏休みで戻ってきているの?と聞くと、18歳で大学には行かずに家業の家畜業を継いだとの事だった。坂のカーブを曲がると、少し上をふたりの人と2匹のロバが上がっていくのが見える。ひとりはロバに乗って坂を登っていく。青年があれが俺のお父さんだと言った。あなたはロバを飼っているの?と聞くと2匹飼っているよ!との回答。私のロバはミシュカって言うんだけどあなたのロバのお名前は?と聞いた瞬間、ふわっとなんだかこの会話前にもしたなぁ…とデジャブに襲われた。ミシュカの将来のことを考えると不安で暗い気持ちになっていたけど、なんだかこの青年との会話と高くなってきた坂の途中から見えるワハーンの絶景で、全てはうまく行くような気がしてきた。

こんな会話が前にもあったな…

お父さんが呼んでるから行くね!と急坂のショートカットを上がっていく青年に、色んな意味でありがとう!と伝えて私はミシュカとゆっくり坂を登る。思い悩んでも仕方がない。とりあえず今日はミシュカとの登山を楽しもう。

坂の上の集落ディルジ(Dirj)に到着すると、ビックリする量の干し草を積んだロバを連れた村人に出会った。青年もこの奥の畑で草を刈っているのだろう。ゾング村でまだまだロバが農業に使われている理由として、アクセスが不便な高台に畑があることがあるようだ。この高台の畑で収穫した干し草をロバに乗せて下の村まで降ろす。干し草だから見た目以上に軽いのだろうか?すごい量積まれているように見えるけど…ミシュカもやらせれば出来るのだろうか?使われなければ用無しとなり処分されてしまうかもしれないが、使われ過ぎるのも可哀想な気もしてしまう…

すんごい量の干し草を積んだロバ。

ある程度車も通れそうな道はこの集落までで、その先はトレッキングルートとなった。Maps.meに載っているルートをひたすら歩く。ゾング村からの道は噂通り簡単。水路があって、その水路の脇のほぼ平坦な道を歩けば良い。

水路沿いの平坦な道を進んでいると
羊達と羊飼いの少年たちに出会った。
谷に入る。両サイドに聳え立つ
岩山のパワーに圧倒される。

ランガールから登ってくる道と合流する。ランガールから上がってくる道を見下ろすと、こりゃ修行だな…という見かけの道だった。急登りだし、日陰も水もゼロ。ゾング村から登ることにして良かった。谷に入ると、聳え立つ岩山が目前に迫り迫力ある。やっぱりタジキスタンの岩山にはうぉわ〜〜という感嘆の声しか出ない。岩から不思議なエネルギーを感じると言うか…吸い込まれそうになるというか…言葉にならない感動を覚えて、しばし岩山と無言で対峙する。

すごいパワーを感じる岩山。
トコトコ歩く。

岩がゴロゴロ連なる歩きづらい道をミシュカと歩く。頑張れミシュカ!超えられるよ!と励ましながら歩きづらい道を歩いていると、やはりミシュカを住み慣れた村から連れ出して、ワハーン渓谷を一緒に歩いてもらったのも、今日の登山も、私のエゴでしかないという気持ちになる。

絶景に囲まれていながら、ミシュカばかりを見てしまう。一度グルグル回るネガティブな思考にとらわれるとなかなか抜け出せない。いや、大丈夫!なんとかなる!いや!なんとかする!と決意新たに最後の登りをふたりで登る。

最後の急坂を登り終えると、目の前に絶景が現れた。ピーク・エンゲルス・メドウだ。氷山から溶け出た雪解け水と、地面から湧き出してくるどこまでも透明な湧き水によって作られたメドウ。近隣の村の夏の放牧地として使われている。キルギスでの生活に慣れた私としては、何個かユルトが建っていて、遊牧民が家畜を遊牧させているのを想像していたのだけど、あるのは土壁の家ひとつだけ。川向こうのその家から遊牧民の子供達が手を振ってくれたが、大人の姿は見えない。ここで何人かの遊牧民に出会えて、ミシュカを受け入れてくれる家庭が見つかることを少なからず期待していただけに、この状況はショック。逆に言えばこの絶景を独り占めではあるのだけれど。

ミシュカの荷物を降ろし、自由に放牧する。足を縛った方がいいかしら?とも思ったけど、まぁ逃げないでしょう。どこからともなくロバの鳴き声がする。姿は見えないから、山向こうとかにいるのかな?と思っていたら、岩山に張り付くようにロバが群れをなしている。グレージュっぽい色のロバの群れのため、保護色で見えなかったのだ。大声で鳴くロバにミシュカも負けじと鳴き返す。ちょっと興奮して、パフォーマンスなのかな?やや走ったりしながら鳴くミシュカ。離れたところに座って絶景を堪能していた私の真横まで走ってくると、顔のすぐ横で鳴くもんだから流石にうるさい。なんなのよ?私もあなたの縄張り侵略してます?でてけってか?と鼻先をチョンと押すと鳴き止んで、何事もなかったかのように、また草を食み始める。本当にロバは面白い。

ピーク・エンゲルス・メドウの絶景。
湧き水も湧いていて、テントさえ持っていれば
このに宿泊することもできる。

たっぷり私の絶景堪能時間とミシュカのモグモグタイムを1時間半取って、いざ下山の途につく。ここでも新しい家族、見つかんなかったな、ミシュカ…

帰り道は、アフガニスタンの岩山を目の前に望みながら道を下る絶景の旅。最近夕方になると風が強く吹き、巻き上げられた土埃がスモッグとなって、遠くの山は霞んでしまうが、それはそれで味がある。

アフガニスタンの山々を眺めながら谷を歩く。
土埃に霞んだアフガニスタンの山も味がある。
タジキスタンの緑豊かな耕作地帯を望む。

坂の上の集落ディルジに着く頃には、かなり日暮れが迫る時間となってしまっていた。この集落に畑を持っている人達は間違いなくいまだロバを畑作業に必要としているので、ロバもう1匹必要とされていませんか?と尋ねるには最適な人達なのだろうけど、作業中はロバ必要とされていませんか?といった込み入った話はできなそうだった。ちょうど作業を終えて帰宅の途につくころにお話しできたらと思っていたが、ディルジに着くとすでに皆帰ってしまったようで、集落は静まり返っていた。少し下の畑でひとり作業しているおじさんが見えたが、すでにロバを所有されており、そのロバに乗って坂を下っていってしまった。待って〜!ロバもう1匹ご入用じゃないですか〜!と聞くために追いかけたかったが、帰りは道草をほとんど食べていないミシュカはノロノロしぶしぶモード。ロバに乗って颯爽と坂を下っていくおじ様に追いつける訳もなく…おじ様が去った後の畑の脇の草をミシュカに食べさせてご機嫌を取る。

やっぱり山登りなんて行っている場合では無かったのではないか?ヒソール村に行ってみたり、ゾング村を歩き回ってミシュカの新しい家族を探すべきだったのではないか…もやもやしながら一心に草を食むミシュカを眺める。日が落ちてくる。暗くなる。私の心も沈むばかり。

きっとヒソール村に行っても状況は変わらない。ランガールはそもそも町だし、元々いい噂を聞かない。東に行くのはいい予感がしない。なら戻るしかない。どこでミシュカを欲しいと言われたっけ?と考える。ミシュカのためを思うと…

・蚊が少ない地域
・その家族にとって唯一のロバ(2匹いるといらなくなった時処分対象になってしまう可能性がある)
・ある程度の作業に使ってもらえるが、重労働でない方が望ましい(働かざるロバ食うべからずな概念があるため、仕事はしなければ処分されてしまうかもしれない)
・可愛がってもらえる(ペットとまではいかなくとも、子供がいる家庭等だと可愛がってもらえそう)

これらの条件を考えると、ビビファトマで滞在したアキム・ホームステイに連れて帰るのが1番だと思える。しかしアキム・ホームステイまでは約40km。歩いて帰るなら3日の行程だ。30日以内にタジキスタンを出国するための出国期限は8月24日。キルギスとの国境を越えるのに、ヒッチハイク等不安定な交通手段しかないことを考えると、遅くとも21日、最悪でも22日にはムルガブに着いておきたい。3日の猶予はないし、私もミシュカも疲れてしまっているので、気力的にも体力的にもとても急ぎ足で歩いて戻ろうと言う気にはなれない。どうしよう…どうしよう…

もちろん1番はゾング村やヒソール村周辺でミシュカの新しい家族が見つかる事。ズグヴァンドで仲良くなった英語のできる女の子が、ズグヴァンドでは冬の期間の水の運搬にいまだロバを使っている人がいると言っていた。WhatsAppで連絡して、ロバを必要としてくれている人がいないか聞いてみていたが、ズグヴァンド村にはいないとの回答…ヒソール村に友達がいるから聞いてみるね!とは言ってくれたものの望みは薄いと思われる…どうしよう…どうしよう…

とっぷりと暗くなった村はずれの道をミシュカと下っていると、孫と思われる子供を連れたおじいさんが登ってきた。ロバか!俺にタダで寄越せよ!みたいな事を言ってくる。タダでくれと言ってくる人には絶対にミシュカは渡せない。しかもどこに行くんだ?うちに来て寝たらどうだ?と聞いてくるが、今までの好意でそう言ってくれた他の村の村人達とは違って、なんだか目がギラギラしている。ダメだ!やっぱりこの村にはミシュカを置いて行けない!変なおじいさんには早々にさよならを言って急ぎ足で坂を下る。

メイン道路に出るとミシュカに道草を食わせながら途方に暮れる。誰もいなくなり、真っ暗になった道を嵐を思わせる風だけが吹き抜けていく。どうしようどうしよう…数台のジープが砂埃をあげて走り去っていく。車さえ、車さえあれば…頭をよぎるセクハラ上官の顔。あんな立派なピックアップトラックを持っているのはワハーン渓谷では軍ぐらいだ。実際あの後一台も走っているのを見たことがない。普通の貨物用トラックもワハーン渓谷の奥に行けば行くほど見なくなった。やっぱり山なんか登らずに、ミシュカとの思い出作り!とか自分勝手なこと考えずに、今日もう引き返し始めれば良かったのかもしれない。

悶々と考えているうちにあっという間に何時間も経ち、21時になってしまった。なんちゃってゲストハウスとは言え、18時ごろまでには帰りますと伝えてあるから心配しているかもしれないと、トボトボゲストハウスに向けて歩く。ゲストハウスに戻ると、どこ行ってたのー?!と次女と三女が笑顔で迎えてくれた。チャイにしましょうと言われ、温かいお茶と蕎麦の実を調理した夕飯が並ぶ。こんな時間まで山にいたの?お腹すいたでしょう。ほら、あなた全然食べないわね。パンもっと食べなよ。と千切ったパンを差し出されるが、ミシュカのことを思うと胸が詰まって食べ物が喉を通らない。誰か貰ってあげてください。とロシア語で書かれた札を首から下げて木に繋がれるミシュカのイメージが頭に浮かんで、一瞬でもそんな無責任なことを想像する自分に吐き気がする。最悪オーバーステイする事になっても、再度ドゥシャンベに戻れば出国はさせてもらえるんだろうから、時間は気にしちゃダメだと自分に言い聞かせる。

食事にお礼を言って、もう寝ると伝えると、変なの〜とやや怪訝そうな顔をしながら、次女と三女は部屋を出ていってくれた。きっと疲れているんだ。疲れているとなんでもマイナス思考になってしまう。とりあえず寝よう。寝て疲れが取れれば妙案が浮かぶかも知れないし…と寝る支度をする。

他の村の民家でもそれなりに酷く南京虫にやられたが、このなんちゃってゲストハウスも南京虫が酷い…南京虫がいると分かっていながら同じ宿で寝なければならないのは辛い。この部屋にはカウチがあって、そのカウチなら南京虫が餓死する1ヶ月ぐらい誰も座っていないかもしれないという淡い期待を胸に、登山用のシャカシャカ素材の上下を着てカウチの上に丸くなる。考えても無駄だ…とりあえず寝よう…明日には明日の風が吹くはず…とりあえず寝よう…おやすみなさい。

18/Aug/2024

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