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隔離ホテル出所。高速バスで台南へ向かう
8月30日
ついにその日がやってきた。きれいで快適なホテルを離れて、自力で台南に向かう日が。
朝はやくに起きて荷造りをすませ、最後の隔離ご飯を食べた。
さすがに献立がかぶったのか、2日目の朝と同じ、フライドチキンが入ったハンバーガーだった。脂っこいので残そうかとも思ったが、今日は長旅で疲れることが予想されるので、すべて食べることにする。
ホテルから、必要であればタクシーを呼べるとのことだったので、チェックアウトの10分前にタクシーを使いたい旨を連絡した。
初日来た時と同じ、地下に降りるともうすでにタクシーが待っていた。運転手は「ザ・ちょっと短気そうな中年おじさん」で、座るなりぶっきらぼうに「どこ行きたいの?」と聞いてきた。
「板橋駅」と言うと、さっそく「〇●※☆§Δ…」全然わからないので、「あの、日本人なんです」と言い訳がましく話すと「あ、そうなん」と頷き、それでもなお、なにかを聞いてきた。
おそらく台湾語(中国語とは違う、台湾独自の言葉)なのでサッパリだ。
大学ですこーしだけ台湾語をかじったが、挨拶程度のものだった。
そのあとに中国語で、「なに?板橋から新幹線乗るの?」みたいなことを聞いてきたので、小さい声で「バスです…」というと、デカい声で
「アー――????????」
と聞き返された。
日本人が聞いたらさぞかしおびえることだろうが、別にこれはキレているわけではなく、台湾人にとっては「えっ、なに?」くらいのニュアンスである。
と知ってはいるものの、やはりまだ台湾人とあまり話したことがないこともあり、緊張していたこともあって、少しビビッてしまった。
わたしがわからないことを察したのか、「まあ、いいか」とばかりに肩をすくめると、ドアをバタンと閉めて走り出した。
伝わったのか不安だったので、タクシーに揺られながらスマホのGoogleマップを開き、間違った場所に連れていかれていないか自分で確認した。
ただそんな心配はなく、15~20分ほどで板橋駅についた。おじさんにお礼を言って、重いスーツケースをごろごろ転がしつつ待合室まで行く。
高速バスは市街を走るバスとは違い、飲食可能と聞いていたので、コンビニでおこわのようなものとポッキーを買っておいた。台湾のコンビニでは日本のお菓子やその他日本製グッズが本当に多いので、日本にいるのかと錯覚しそうになる。
11:30になり、定刻どおりバスが来たので、スーツケースを運転手に預けたあと乗り込んだ。
座席を見た瞬間、驚いた。日本のバスのようなものを想像していたが、一人分の座席スペースが2倍はあり、通路をはさんで一列ずつしかないので、隣に別の人が座ってくる心配もない。
座席はデフォルトで後ろに傾いているので、座るだけでほぼ寝ているような格好になり、快適だ。わたしは利用しなかったが、小さなモニターのようなものもあった。
あまりにも乗り心地がいいので、わたしは4時間ほとんどぐうぐう寝ていたのだった。
気づいたときには街の風景がずいぶん変わっていて、なんとなく昭和時代の、田舎の商店街みたいな雰囲気の街並みが多くなってきた。
Googleマップを見るとあと30分ほどで台南だ。
トイレを済ませておこうと思って、備え付けの簡易トイレに行ったのだが、これだけはどうも受け付けなかった。
台湾では、場所にもよるのだが、まだまだトイレットペーパーが流せない場所が多い。高級な隔離ホテルではあれど、わたしのところでは流せなかった。(空港や板橋駅では流せた)道端の飲食店のトイレや簡易トイレともなると、ほぼ100パー流せないと言ってもいいかもしれない。
というわけで、掃除が行き届いていないのもあるかもしれないが、臭いもひどく、わたしはさっさと用を済ませて自分の席に戻った。
トイレを除けば、本当に言うことなしの旅だった。
降り立ったのは、台南轉運站。降りたとたん、ムッとした暑さを肌で感じる。
タクシーを捕まえるのも勇気がいるので、これから滞在することになる民宿「哈木家(以下はむ家)」まで徒歩でいかなければならない。
方向音痴ながらも一生懸命地図を見て歩いたが、あまりにも手元の地図に注意していると、途端にバイクに轢かれそうになる。
途中何度も水分補給したり汗をふいたりするために立ち止まったが、なんとか15-20分ほどかけて目的地近くまでたどり着いた。
さあ、これから民宿のラオバン(経営者のこと)と対面だ。一体どんな人なんだろう。
はむ家はどんなところなんだろう。
合わなかったら、1から家を探し直さなければならない。
期待と不安でいっぱいだった。