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3ヶ月ぶりの外食、おめでとう。

土曜の夜、夫と握手をした。七輪が置かれたテーブル越しに。
二人ともくちゃくちゃの笑顔で、いつも以上にガッチリと固く手を握った。

私たちは、お互いの喜びの感情がピタリと合わさったときに、握手を交わすクセがある。
その瞬間が訪れるのは、たいてい美味しい外食をしているときだ。

まるで縄跳びの二人跳びをするように、同じ料理を「せーの」で口に運ぶ。すぐに「うまっ!」という感動が同時にぴょこんと飛び跳ねる。

あるいは、片方が「こりゃ絶品!」な食べ方を発見し、「うむ」とうなずく。相方は「御意」と言わんばかりの大真面目な表情で、その食べ方を真似て、赤べこよろしく首を縦に振る。シーソーのように、二人の喜びが交互に飛び上がる。

「どんな風に美味しいか」を事細かく言葉にせずとも、お互いの表情や身ぶり、放つ空気の濃度の変化とかで、何を言いたいかが伝わってくるみたい。

どちらかが味の感想を口に出してみると、「それ、私も/俺も言おうと思ってた」と食い気味に返し、やはり同じことを感じていたのが判明する。
その「全体一致」にも感激して、どちらともなく握手を求めてしまう。

同じものを食べて生きていると、何を感じているのかが手に取るように分かるどころか、味わい方まで一緒になるものなのか。

よく夫婦は似てくるといわれる。
私たちは、この幸せな共鳴を糧に暮らしている。

外出の自粛要請が出る以前、私たち夫婦の生きがいは土曜夜の外食だった。

平日は、全身の毛穴から蒸気を出しながら、仕事を猛ダッシュで追いかける。
時にしょうもないミスで転んだりもしながら、なんとか金曜日の夜まで走り抜けられたら、待ってましたとばかりに会社員の鎧を脱ぐ。

土曜日が来たからといって、仕事が完全に頭から消えることはないけれど、翌日の予定も気にせずにひと時、自分たちが純粋にしたいことだけできる。
そんな時間に選ぶのは、美味しいごはんを二人で食べに行くことだった。

「次の土曜日はどこ行く?」
「あそこに久々に行きたいねぇ」
平日は、この会話をガソリンにして生き抜いてきたと言っても大げさではない。

でも、緊急事態宣言が発令される少し前からずっと、私たち夫婦は一度も外食に出なかった。
もし、二人が外出することで、自分たちはもちろん、誰かの命が失われることになったら…と思うと、外食の選択肢なんてあるわけがなかった。

でもね。1年ちょい前に二人ぼっちで関西に移住してから、私たちにとって美味しい外食は、知らない土地とつながるための扉だった。
何より、夫婦が同じ目線で、同じ瞬間に幸せを噛みしめ、「一緒にいられて本当に良かったね」と心から語り合える時間。
ただの息抜き以上の意味があったから、緊急事態宣言中は花がだんだんとしおれていくように、二人の心もしぼんでいった。

だから、ようやく緊急事態宣言が解除され、約3ヶ月ぶりに外食しようと決まったとき。
私たちは色々な「おめでとう」を花束みたいに束ねた。

4月と5月にあった二人の誕生日、おめでとう。
関西に移住してから一番忙しかった時期を無事に乗り切って、おめでとう。
そして、久しぶりの外食、おめでとう。

緊急事態宣言が明けてはじめての外食に選んだのは、行きつけの焼肉屋さん。

普段は「どこでも嬉しいよ」というスタンスの夫が、「お会計も何も気にせず、食べたいお肉を食べられるだけ食べたい!!」 と力をこめて言うので即決だった。

お店を予約したその日から毎晩のように、「まず何を焼く?」「やっぱりアレでしょう」「ですよね〜」と盛り上がる。
これまでだって何百回と似た会話をしてきたはずだけど、濃い目に作ったカルピスみたいに、普段の2倍も3倍もワクワクが凝縮されていたと思う。

当日はあまりに楽しみすぎて、予約時間の30分も前にお店に到着してしまった。

「ちょっと早いけど、大丈夫かな」と言いながらお店への階段を上っているときが、一番緊張した瞬間。
「お店が何も変わっていませんように」と願っているのが、夫から伝わってくるようだった。私自身がそうだったから。

まだ明るい外の光が差し込む店内に、一番乗り。
いつものおじさんとおばさんがいつもの笑顔で出迎えてくれて、私たちは窓際の隅の特等席に座った。

「3ヶ月以上前に来たときは、お店の外は真っ暗だったのにね」
「いつの間にかこんなに日がのびたんだね」
「明るい時間に食べ始める焼肉は、あらゆる幸せの中でも上位に入るな」

そんな会話をしていると、テーブルの真ん中に置かれる七輪。
このお店は炭の量がケチくさくなくて、最初から最後まで煌々と燃え続けるのが素晴らしいんだ。

二人で心に決めていたとおり、最初のオーダーは塩タン。お互いにレモンのくし切りは限界まで絞る。ぎゅぎゅーっと。

肉を焼くのは絶対に夫の担当。
あまりぺたぺたとタンに触らず、辛抱強く片面を焼く。そして、私には一生分かりそうもない絶妙なタイミングでひっくり返すと、こんがりと焼き目がついていて、脂がちりちりと鳴っている。
3ヶ月以上のブランクがあっても腕は落ちておらず、惚れ直す。

もう片面はサッと焼く程度でいいらしい。「今だよ!」とトングで網の端に寄せてくれたタンを、私は慌てて箸でつかみ、レモン汁をちょんとつける。

夫もやはりレモン汁をちょんとつけ、声に出さない「せーの」で同時に頬張る。

ぎゅっと噛みごたえのある厚切りのタン。
きっちり効いた塩とレモンが、牛の旨味を無限に引き出してくれる、この感じ!!

「これだね!!」
「これだよ!!」
夫と目と目でうなずき合い、そうして、スッと手を差し出した。

「久しぶりに握手したね」と夫が笑い、「ほんとだよ」と私が返す。
コッペパンみたいに大きくてがっしりした手を力いっぱい握りしめていたら、夫の姿がぐにゃりとぼやけた。

***

こちらのコンテストに応募させていただきました。

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小野 ぽのこ
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