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昔のお話⑥ (児童心理治療施設)
自分の考え方や自分がやりたいことを語る上で、自分の過去がとても重要になると考えました。全7回に分けて、過去のことを書いていこうと思います。
退院
中学2年生の12月。約1年半過ごした病院を退院し、連れて行かれたのは児童心理治療施設という所でした。
ちなみに。
児童心理治療施設とは、心理的問題を抱え日常生活に支障をきたしている子どもたちに、医療的な観点から生活支援を基盤とした心理治療・支援を行う施設。
入院していた病院と施設は離れていたので、主治医も変わるし、看護師さんや作業療法士さん、院内学級の先生にも会えなくなります。
1年かかってようやく心を開けるようになってきた方々と離れるのはとても辛かったです。
児童心理治療施設
名前だけ聞くと暗くて重苦しい雰囲気を想像するかもしれません。
ですが、私がいた施設は、中はとても明るくて、レンガの模様の壁がお洒落な、そんな施設でした。
この施設には、近くの中学校の分校が建物内にあったり、体育館もあったりと、1日の生活全てが施設内で完結します。
居室は4人部屋で、小学生2人と中学生2人でした。
私を入れて7人の中学生がいて、私を含む3人が施設で暮らしていて、他の4人は通所といって、学校の時間になると施設に来てました。
私も含め、一見したら普通の子ばかりでした。
私は当時すごく人見知りだったのでずっとビクビクしていましたが、支援員の方や同年代の子が気さくに話しかけてくれたおかげで、だんだん周りと打ち解けていきました。
児童心理治療施設の1日
日課はこんな感じです。
結構、きっちりしていたとは思います。
下校した後に、医師の診察やカウンセリングが入る時もありました。
高校受験
高校受験について考え始めたのは、中学3年生になってからです。
ただ、私は病院や施設で過ごしていたので情報源もなく、どんな高校があるのか、そもそも高校受験って何するの?という感じでした。
ある日の診察で、主治医の先生に「高校はどうするの?」と軽い感じで聞かれたので、「私、高校、全然わからないです!どこの高校が楽しいんですか?」と聞き返しました。
すると、「先生も高校1個しか行っていないから分からないけど、僕が行ってたところは自由で楽しかったよ」と言いました。
そこは、県内屈指の進学校でした。
おそらく、先生は軽い気持ちで答えたのだと思うのですが、私は良くも悪くも偏差値などという言葉を知らなかったので、その高校に行きたいと周りに話すようになりました。
私は、悩んだ時、不安な時、辛い時などは勉強に集中して現実から目を背けるタイプの人間だったので、幸いなことに成績はよい方でした。
ただ、ひとつ、問題点がありました。
基本的に学生でないと施設にいられないのです。
基本的に親がいないので、学費の面で私立高校に通うのは不可能です。
となると公立一本での受験になるのですが、大抵、落ちないように1〜2ランク落として受けるのが普通だそうです。
私も、別の高校にした方が良いと先生方に言われました。
私の場合は幸運なことに、特待生の学費免除が取れそうな私立高校を受験させてもらい、無事学費免除の権利を取ることができ、最悪そこに行けるという確約があった為、そのまま希望の高校を受験することができました。
そして無事、第一志望の公立高校に合格することができました。
児童養護施設へ
受験を控えた1月頃。
支援員の方から、3月終わりに児童養護施設へ移る予定だということを聞かされました。
驚いて声も出ませんでした。
やっと居場所を見つけたのに。
病院でも、ここでも、素の自分を出せるようになったと思ったらもうお別れしなくてはならないのか。
そんな気持ちでした。
そしてそんな動揺した気持ちを押し殺すかのように、また黙々と勉強をするのでした。