旅路
「お父さん…小生を名乗ってブログを書くのはもう辞めて」
近頃、娘の口から「5点フレンズ」という言葉をよく聞く。
楽しそうにくすくすと笑い声を上げたり
ウチワをこしらえ、いそいそと出掛ける姿を
小生はほほえましい気持ちで眺めていた。
「自分の父親が小生おじさんだなんて…
5点フレンズに口が裂けても言えない。」
何を言われているのかさっぱり分からず
藁をもすがる思いで「5点ラジオ」という番組に耳を傾けると
「小生おじさん選手権」なるものが開催されていた。
必死に考えを巡らせるも、情けないことに小生には一体何が娘を苦しめているのかひとつも理解することができなかった。
しかし娘よ、お前がそう願うならば
小生と名乗り始めたあの日に戻り
過去を塗り替えたい。
小生は一人称を取り戻す旅に出た。
旅の途中、
小生と同じように一人称に苦しむ同輩に出会った。
一人は大変かわいらしい女性。
伏し目がちにこう語る。
「実はわたし昔アイドルをしていて…
オイラと名乗っていたんですが…」
「オイラ?!それはまたどうして?」
さすがの小生も、オイラには少なからず動揺した。
「ただただ目立ちたかったんです…」
芸能界は生き馬の目を抜く厳しい世界と聞く。
自身の存在をアピールするため、
まだ若い彼女なりに必死に考えた策だったのであろう。
「決して過去を否定してはいけない…
これからも自信をもってオイラを名乗りなさい。」
小生が静かに諭すと、女性ははっとした表情を見せた。
もう大丈夫。小生は確信した。
きっと笑顔を取り戻してくれるに違いない…。
次に出会った少年は苦しそうにこう語った。
「”僕”から”俺”に移行するきっかけを見つけられなくて…
どうやったら自然に”僕”を卒業できるでしょうか。」
「そうだな…初めのうちは友達の前だけで”俺”
家族の前では”僕” そう使い分けてみてはどうだろう。」
「えっ、僕にそんなことが出来るでしょうか。」
「大切なのは”さも当然”という顔だ。
それから余計な口を挟む隙を与えないこと。
ただ、ひとつだけルールがある。
突然”俺”に変わった友達がいても
決して指摘しないことだ。わかったか?」
「分かりました!やってみます!」
さわやかに走り去る少年を
小生は眩しく見送った。
この旅で、一人称で悩む人間が案外多いことに気付かされた。
旅の間ずっと聞いていた「5点ラジオ」でも
「私」と名乗ることを避け
「ウチ」「自分」を使う現象について語られている回があり興味深く拝聴した。
人が一人称で表現したいこと。
それは「他人から見られたい自分」ではなかろうか。
そう───。
記憶を思い返してみると
小生が小生を名乗り始めたのは
ビジネスが軌道に乗らず完全に自信を失っていた時だった。
プライベートに生甲斐を求め、始めたブログで
ほんの思い付きで”小生”と名乗ると、
仕立てのよいスーツに腕を通したような
大変誇らしい気持ちになったことを思い出した。
「そうか…」
天を仰ぎ苦笑いする。
すっと視界が明るくなり、長年身に着けていた鎧を脱いだような
晴れ晴れとした気持ちに包まれた。
小生は、手っ取り早い方法で自分を立派な人間に見せようとしていたのか───。
地道な努力もせずに───。
娘の気持ちをようやく理解した今、
もう小生を使う必要はない、
否、むしろ使いたくない。
そう強く感じた。
そんな時、旅の終わりを祝福するかのように
イヤホンから耳触りの良い明るい声が聞こえた。
「5点の自分を愛していこう」───。