サラダ忌
世界最高峰の研究チームにより、人類が最初に発した言葉は「この味がいいねと君が言ったから7月6日はサラダ記念日」だと解明された。
あまりに予言的であり、短歌も、サラダも、暦という概念も存在しなかった時代になぜこの言葉が生まれたのか。そこには何かしらの重大なるタイムパラドクスが発生しているのだろうと考えた研究者達の進言によって、その言葉は全世界的に禁忌とされ多くの国ではその言葉を発することは大罪とされた。
そうして長い年月を経て、研究者達の努力によりその約31音からなる言葉は世界と人類から忘れ去られていった。とても昔のことだった。
やがて世界の人口が70億人を超え、無数の人々の口から無限に近い数の言葉が流れた。そしてそのなかに、臆面なく奇跡と言っていい確率で例の言葉を発した者がいた。彼女は短歌を詠んでいたわけでもなく、たまたま自分が初めて作ったサラダを恋人が褒めてくれた際にリズムよく口をついて出た言葉だった。
瞬間、どこからともなくサイレンが鳴り、彼女の住むアパートが赤い光で点滅した。窓ガラスが割られ、銃を構えた者達が彼女の部屋に押し入った。絶叫する恋人はその場に倒れ、そのまま押し入った者達によって半位相を利用した、一切音が鳴らない部屋に連れて行かれそこで余生を過ごすことになった。
例の言葉を発した彼女は連行され、裁判にかけられた。言い渡された懲役は3億とんで7年だった。彼女は刑務所とは違う場所で個室をあてがわれ、野菜の入ったボウルに向かって座らされた。あのときのサラダだった。
「サラダの味はどうだった?」訊かれた言葉の意味がわからないまま、彼女は「いいね」と答えた。質問の声は人間でなく、ロボットのものだった。全く同じ質問がスピーカーから流れた。「サラダの味はどうだった?」彼女はまた、「いいね」と答えた。また同じ質問が繰り返され、彼女は同じように答えた。
違う答えを返したらなにかが変わるのかもしれない。そう思ったが彼女が口を開くたびに出てくるのは、もう何千、何万回と答えた「いいね」だけだった。
ロボットのメモリに記録された数で4億と4253万3002回目の「いいね」のあと、彼女は絶命した。その日はサラダ忌とされ、ロボットのカレンダ機能にメモされたが人類はそれを知ることはなく、ロボットもその後すぐに廃棄処分された。
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