見出し画像

35歳で死ぬ

先月会社を設立した。
3ヶ月前まで、そんなこと考えてもいなかった。

大学卒業後、営業職で上場企業に入ったが3年で辞め、10年で5回転職した。ジョブホッパースキルだけが着実に上がった。
それでも一貫して、サラリーマン大正義と思い続けてきた。独立しようなど考えたこともなかったし、独立できるようなスキルも野心もなかった。

ところで小学校4年生のとき、「35歳で死のう」と決めた。
大人になっても考えは変わらず、「まだ9年もある・・」とか誕生日に思っていた。冗談でなく、そう思っていた。

だから給与天引きで払っていた確定拠出年金が、どうやっても60歳までおろせない仕組みと知って心底腹が立った。払い損ではないか。

残りの人生1年半というところまできて、ひとつ自分で商売をしてみる気になった。どこへ転職しようと組織はホモソーシャルで(もちろん濃淡はある)、雇い主が必ず中高年男性であることにうんざりだった。

開業に向け、せっせと準備している。なぜか恐ろしいほど万事スムーズに進む。
渡りに船どころか、あっちに見えるの川じゃね?くらいの距離から「ほら乗れ!連れてってやるから!」と叫びながら次々に協力者があらわれ、渡るか渡るまいか迷う暇がなかった。あれよあれよと、会社も口座も出資も物件もデザイン会社も施工会社も決まった。


「35歳で死ぬ」を携えて20年以上生きてきたので、思考のあらゆるデフォルト設定がそれになっている。24歳でマンションを買ったとき、若いのにと驚かれたが、人生残り時間を考えたら全然早くなかった。周りにも「私の人生は35歳まで」と伝えていた。けど、どうしてそう決めたかを誰かに教えたことはなかった。

理由はシンプルで、老いるのが嫌だったからだ。
今から20年以上前、女性に対して「劣化した」と平気で言う時代だった。(今でも言う人はいるが。)「劣化したと言われてまで、生きることを続けたくないな」と思う小学4年生だった。せいぜいピーク(なんの?)は35歳なんじゃないかと思って、35歳で死ぬことにした。

ちなみに私は、奇麗とか美人なタイプではない。容姿も体形も自慢できない。劣化以前に自信があるわけでもないくせに。


そして30過ぎたころ、世界がひっくり返った。

医学部志望だった友だちがみな、女子だけは浪人すると薬学部志望に切り替えたのも、予備校の講師に特別扱いされてると思っていたのがグルーミングだったことも、サークルのメンバーで宅飲みすると誰かが悪ノリしてAVを流すのが苦痛だったことも(あの頃はなぜあそこまで気分が悪くなるか自分でも謎だった)、新卒総合職同期100人のうち女性が4人しかいなかったことも、社長賞もらうほど営業好成績だった私より先に昇格した同期が男だったことも、たぶんあれはレイプドラッグだったことも、その後何年か奔放な人生を楽しんだ気になっていたのは典型的なトラウマの再演だったということも、女性社員だけ食事に連れていくくせに女性は絶対に管理職に就かせないあの社長のことも、ひとりでゼロから事業計画書いて資金調達したのに「パトロン見つかってよかったじゃん」と私に言った人のことも、すべて偶然ではなかったことを知った。フェミニズムとの出会いは、これらの一切に疑問を抱くことなく生きてきた私に、強烈なパラダイムシフトをもたらした。

何ヶ月か前、誰彼構わず「82年生まれ、キム・ジヨン」をプレゼントする活動をしている時期があった。読んでくれる上に律儀に感想をくれる人が何人もいた。
ある中年男性がくれた感想が秀逸だった。

「男性と女性では全く異なるゲームを同じ世界でプレイしているよう。男は『どうぶつのもり』やってて女性は『ダークソール』位の差がある。抱える問題やその複雑さが全然違う」

魚を釣ったり果物を拾ったりすればそれなりに生きていけるはずなのに、何かおかしいなと思ううちに30年が経ち、やっと、これは毒沼だらけの死にゲーだと分かったのがつい3年前だ。

気づいた後は生きやすくもなったし、生きづらくもなった。とにかく重要なのは、毒沼を毒沼と認識できるようになったことだ。

認識できるようになったつもりでいたのにしかし、「35歳で死ぬ」設定も毒沼から生じたものと理解できたのは、つい数日前だった。毒沼が見えるようになっても、毒沼がどんな風に自分を侵しているか認識するのは、こんなにも難しい。

つまり小学4年生にして既に、容姿や年齢で女性に値をつける価値観に侵食されていたこと、20年以上それをデフォルトとして生きてきたこと、そして全てに気づいてなお、劣化が怖いと言う割に美人ではありませんとエクスキューズを入れておきたくなってしまうこと、こういうのを見つけて、ひとつひとつ無毒化していくのに、何年かかるだろう。

それをやるには、サラリーマンより自営業の方が良さそうなので、私は会社をつくった。

いいなと思ったら応援しよう!