ある春の日に
初めてpixivに載せた二次創作小説です。
「牧場物語 3つの里の大切な友だち」ほんのりユヅナナCP。日向ぼっこを楽しむユヅキのお話です。
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ふと見上げると綿菓子のような雲が、澄んだ空にうすく伸びて漂っていた。
そよ風が頬を撫で、長い髪を揺らす。思いきり伸びをして肩の力をほどけば、こののどかな午後の空気に頭のてっぺんからつま先まで浸りきってしまえる。足元にはすみれの花、そこから飛び立つのはまぶしいほどに無垢な色のチョウ。らせんを描くそのさまはまるで遥か彼方にあられる神様に舞を捧げる巫女のようで。
「きれいだなぁ……」
誰にともなくつぶやいた。ああ、気持ちいい。どうして春というものはこんなにも平和で、穏やかで、美しいのだろう。もう目に入る全てのものが春という魔法にかけられてきらきらと輝き、生命力にあふれているのだ。
草木が芽吹き、虫達が長い眠りから目覚める季節だからだろうか。厳しい冬を乗り越え、この季節を待ち焦がれていた生き物達が皆喜んでいるからだろうか。
それとも……
「…………キ!ユ、ヅ、キ!」
突然自分の名を呼ぶ声が耳に飛び込んできて、ユヅキははっと目を開けた。視界いっぱいに、見慣れた友の怒ったような顔が映っている。
「…………ああ、ヒナタさん。すみません」
まだ春の魔法に魅せられまどろみながらも、頭をかいて返事をした。ヒナタは片手を腰に当て、呆れたように短く息を吐く。
「また日向ぼっこか?するのはいーけど、ちょっと気ぃ緩みすぎなんじゃねえの?」
日向ぼっこに浸りすぎてしまうのは今に始まったことではない。こうしてヒナタに注意されたり祖父母に肩を揺すられたりした日はまだいいが、誰にも声をかけられずうたた寝してしまい、気がついたら青空が星空になっていたなんてことも数知れずある。それでも日向ぼっこをやめるつもりはないし、一日ソンした!なんて全く思わない。むしろ美しい風景を眺めて美味しい茶や菓子をいただき、幸せな時間に一日浸っていられたなんてこれほどのぜいたくはない、と思うのだ。
ヒナタもそれはわかっている。
「ま、ユヅキらしくていいけどさ」
半ばあきらめた声で笑うと、ヒナタは空いているユヅキの隣の席にどっかと座った。今までユヅキがそうしていたように澄んだ空を見上げ、深呼吸する。
その姿が不意に麦わら帽子を被った黄金色の三つ編みの少女に見えた。
ナナミさん。
そういえば、彼女に声をかけられたのもこんなよく晴れた日の午後だった。目の前で手を振ってくれていたのに、まどろんでいて気がつかなくて。
『目が見えなくなっちゃったのかと思いました』
ひどく心配そうな青い瞳が脳裏に焼き付いて離れない。あんな顔をさせてしまって本当に申し訳なかった。もちろんその場で謝り、おわびに茶をごちそうしたのだけれど。
一口飲んだ瞬間、まるで桜の蕾が開いていくようにほわりと彼女は笑顔を咲かせたのだ。
『美味しい!』
無邪気な幼女のようでいて、どこか大人びたその表情は青空よりも美しかった。自分のいれた茶がこんなに素敵な笑顔を引き出したのだと思うと、なんだかとても誇らしくて………
つい、口元が緩んでしまっていたらしい。
「……どうしたんだ、ユヅキ?」
隣から聞こえたその声に、ユヅキは目を丸くした。……そして思わず、ふっと笑った。そういえばあの時も、今と全く同じ言葉をナナミに言われたのだ。
「?……なんだよ?」
いぶかしがる友人に、あの時と同じようにユヅキは答えた。
「なんでもありませんよ」
空を見上げる。すいこまれそうな青は、ナナミの瞳の色に似ていた。
いつかまた、一緒に日向ぼっこできるだろうか………
ぼんやり思いながら含む茶は、甘い若葉の香りがした。