異世界で幻獣の友達作りました。第3話
初めてのお泊り!
うっそうとした森をしばらくラルドと歩いた。
「ハナメってどこの国から来たの?」
「えっと……結構遠い国から、かな」
「一人で旅するなんてすげぇな! 俺、他の国どころか村を出たこともないよ。着いたら旅の話聞きたい!」
「たいした話はないよ? まだ旅に出たばっかりで……」
「そうなのか? あ、だからテント張れなかったのか!」
「見てたのね……」
そんな話をしながら。
やがて風が頬を撫で、ふんわりと潮の香りがした。木々がだんだんと減り、視界が開けてくる。
「わあ、海だ!!」
ゴツゴツとした大きな岩にザッパーンと波がぶつかり派手にしぶきがあがっている。私の想像していた、白い砂浜に穏やかな青い海ではなかった。砂浜には短い芝のような草が生えて波際は岩に覆われている、荒々しい海だ。びゅうびゅうと潮風が髪を巻き上げる。
「朝は穏やかだったんだけど、ちょっとしけてきたな」
ラルドがつぶやく。砂浜と森の境目、ひときわ大きな樹の枝葉に隠れるようにしてツリーハウスが建っていた。
「あれが俺んち! 結構立派だろ?」
1階建てだけれど決して小さくなく、造りも頑丈そうなログハウスだ。窓にも格子がはめられているのは潮風対策だろうか。でも屋根が真っ赤なのがなんだかちょっと可愛い。小人が住んでいそう。
「うわぁ……すごい! ツリーハウスって初めて見た!」
「高波が来ても濡れないように、父ちゃんが樹の上に建てたんだ。まぁここまで波が来ることはまずないんだけどさ、一応な!」
「お父さんって漁師だったよね? 大工仕事もできるの?」
「おう! 男は何でもできなきゃダメだってよく言ってるんだ。俺もテーブルくらいなら作れるよ」
「すごい!!」
「へへ、照れるな」
ラルドの後について、ツリーハウスへ続く長いはしごを登る。下を見たら背中がひんやりするくらい、かなり高い。するすると平気で上るラルドはさすが慣れている。きっと生まれたときからここで暮らしてるんだろうなぁ……。恐る恐る登り切った私を見届けてから、ラルドは木製のドアを開ける。ギィッときしむ音がした。
「ただいまー」
そしてドアを閉めようとして、まだ外に突っ立っている私に気づくとラルドはきょとんとする。
「何してんだ? 入りなよ」
「い、いや……なんかいざとなったら入りづらい……」
ついさっき初めて会った人の家にアポも取らずにズカズカ上がるなんて……申し訳ないというか無遠慮というか……なにより緊張して口から心臓が出そう!
まごまごしている私をよそにラルドは家の中にいるお母さんと大声で話を進め始めた。
「母ちゃーん、森で遭難してる人連れてきたー」
「遭難? こんなへんぴな所で何してた人よ?」
「旅人だってー、泊まる所無いんだってー」
「ふうん? まぁわかったわ、入ってもらってー」
お母さんホントに警戒心薄い! 強盗だったらどうするの!? いや私は何もしないけど! 決心がつかないうちにラルドにぐいっと腕を引っ張られ、ついに私は初めて他人の家に足を踏み入れてしまった。
な、なんか家を汚してしまった気分。私の靴キレイだったかな? キレイな……わけないよね、さっきまで森にいたんだもん。ああ、すみません……!!
ラルドのお母さんがこちらに歩いてくる。心臓がいっそうバクバクしてくる。
「あら可愛いお嬢ちゃん。いらっしゃい! 散らかってるけどその辺に座ってくつろいでいってね。晩ご飯はまだかい?」
頭が真っ白だ。言葉が浮かんでこない。酸素不足の金魚のように口をパクパクさせて固まっている私を見てお母さんは首をかしげる。
「どうしたの? 大丈夫かい?」
ラルドも首をかしげる。仕草がお母さんそっくり。
「大丈夫か、ハナメ? 石化魔法かけられたみたいだぞ?」
そんな魔法あるの!? それってやっぱり闇の魔法!? 悪い魔法使いもいるのかな!? ものすごく聞きたくなったけれど、本当に魔法がかかったんじゃないかと思うくらい声が出てこない。誰かがそばにいてくれたら代わりに説明してもらえるのに……
あ! アステルム! あれ? なんでいないの?
あっ! 木の実集めに行ってもらってそのままだ!!
ダメだ……自分でなんとかしないと……
頑張れ! 声、出て!!
喉からぐぐぅっと絞り出すように、私は潰れた声でなんとか答えた。
「き、き、き……緊、張……して……」
ぎこちなかったけれど、伝わったようだ。合点がいったという表情でぱっと二人の顔が明るくなる。
「ああ! 緊張してたのか!」
「なぁにそんな固くならなくても、大した家じゃないよお嬢ちゃん! ほらリラックス、リラックス♪」
お母さんの手が伸びてきて私の肩をもみもみしてくれる。温かくて丸っこい手。キャリアウーマンでスラッとした私のお母さんの手とは全然違う。余計緊張しちゃうよ! と思ったけれど……その手の柔らかさとお母さんのにこやかな笑顔を見たら、不思議と肩の力が抜けてきた。
喉もほぐれて、声が出る。
「すみません……私、人の家にお邪魔したことなくて……」
「あら、そうだったのかい! 旅人なのに毎回宿に泊まるなんて旅費がかさむでしょ?」
「ハナメって金持ちなんだな! テントも張れなかったし実は家出してきたどこかの令嬢とか?」
「こらっ、ラルド。まぁ落ち着いてくつろげるようになるまで泊まっていったらいいよ! 母ちゃんをアゴで使えるくらいにね♪」
お母さんがいたずらっぽくアゴで向こうを示してみせる。そそそんな、あまりにも厚かましい!! 私は首をブンブン横に振る。
「とてもできません! 泊まらせていただけるだけで助かります……!」
「アッハッハ! 冗談だよ!」
「母ちゃん、ハナメたぶん冗談通じないぞ」
「からかいがいがあっていいじゃないか!」
ん? 聞き捨てならないぞ。
お母さん実は子どもをからかって遊ぶタイプ? しかも堂々と宣言するタイプ?
「お嬢ちゃん、ハナメ……だっけ? 改めて聞くけど、晩ご飯はまだだね?」
「あ、はい」
「よーし、じゃゴブリン狩りにでも行って肉ゲットしてくるかねー!」
お母さんがブンッと腕まくりする。えー!? ちょっと待って、色々待ってー!!
「まま待ってください!!」
「ん? どうしたんだい?」
「ゴブリン狩りって命がけじゃないんですか? ゴブリンの肉って食べられるんですか? さばくんですか、台所で?」
「アッハッハッハッハ!!」
「???」
急な魔物やらなんやらの情報にうろたえてキョロキョロしていると、ラルドが冷めた視線をお母さんに送っていることにようやく気がついた。
え? これってもしや……?
再びお母さんを見るともう、腹がよじれるくらい爆笑してるじゃないか!!
「冗談だよ、ハナメ! ゴブリンがいたのなんて200年前の話さ! い~いリアクションするね~! 久しぶりに笑いすぎて涙が……」
「さっき俺のこと注意しといて、母ちゃんの方が失礼だぞ! もう~……ハナメごめんな」
ひーひー引き笑いしているお母さんの代わりにラルドが謝ってくれた。しょうがないなと頬をふくらませて、なんだかラルドが親みたい。こういう時いつも代わりに謝ってるのかな?
面白い親子だな……なんだか一緒にいたら楽しそう。
くすっと笑みがこぼれてしまった。
そんな私の表情を見て気を悪くしていないことがわかったようで、ラルドは私の手を引いてリビングのテーブルへと誘う。
「こっちで一緒に話そうぜ! 母ちゃん晩ご飯早めによろしくな!」
ようやく笑いがおさまったお母さんは一転、やれやれとひとつため息をつき腰に手を当てる。
「アゴで母ちゃんを使うのはあんただったね。ハナメ、とびっきりの魚料理作ってあげるから待ってなね!」
おちゃめにウインクしてお母さんはさっそくキッチンへ向かう。いきなり家に上がりこんで食事までごちそうになるなんて……丁寧にお礼言わなくちゃ!
「はい! とても助かります、本当にありがとうございます……えっと、お母さん、お名前は……?」
名前も聞かずにごちそうになるのは失礼だと思って聞いたのだけれど、お母さんは複雑そうに苦笑いした。
「名前? 一応ミーニャっていうんだけど、ラルドの母ちゃんで構わないよ! 自分の名前、巫女っぽくて嫌いでね」
すかさずラルドが意地悪くツッコむ。
「巫女だったくせにー」
「え? ミーニャさん巫女さんなんですか!?」
とてもそうは見えないです、どちらかというと食堂のおばちゃん……っと危うく口に出しそうになってギリギリ飲み込んだ。お母さん……ミーニャさんは頬を赤くして片手を振った。すごく恥ずかしそうに。
「やめとくれ、もうとっくに引退したんだから! ラルドあんた後でお仕置きだよ」
ラルドが口をとがらせて声をあげた。
「えーっ、なんでだよ! ホントのこと言っただけじゃんか!」
「言っちゃいけない事実ってのもあるんだよ」
「なんだよそれ、意味わかんねー!」
「あんたもそろそろ理不尽を覚えないとね」
そっけなくお仕置きを決めて料理を始めるミーニャさんの背中にブーブー言ってるラルドが可愛い。こっそりくすくす笑っているのがばれて、ラルドにむっとされてしまった。
「ハナメ、笑うなよ~。母ちゃんの尻叩き痛いんだよ」
「あはは。うん、痛そうだね」
「だろ? あのまるまる太った手でバチーン! って叩くんだよ、すげぇ音がするんだぜ!?」
「こら、ラルド!!」
「やべっ」
大きな声だったのでミーニャさんに聞こえてしまった。これはお尻叩きの回数、増えたかな。ちょろっと舌を出したラルドはでも大して反省してなさそうだ。すぐに違う話題を出してくる。
「なぁなぁ、ちょっと聞いてもいい?」
「なに?」
「会った時から気になってたんだけどさ……そのリス、ハナメのペット?」
き、きた! シロちゃんの話題!! 待ってましたとばかりに私はシロちゃんを手の中に抱きしめぐいっと身を乗り出した。
「この子はねっ! 私が生み出した幻獣なの!!」
「おわっ、へっ、そうなの?」
「幻獣ノートって言ってね! イメージしながら特徴をこのノートに書くと、どんな幻獣でも思い通りに生み出せるんだよ!!」
やる気ありすぎなセールスマンみたいに私はサッと懐から幻獣ノートを取り出そう、として……
あれ? ない。どこにもない。ここに入ってたはずなのに……
あ! そうだ、もしかして!
「アステルムが持ってるのかな!?」
「アステルム? ハナメの友達?」
「えっと……うん、幻獣ノートの精霊なんだ。一緒に森にいたんだけど置いてきちゃって……」
「えっ、大変じゃんか!」
「探しに行かないと……!」
「ああ、そういうことかい。ちょっと待ってなよ」
あわてて立ち上がろうとした私たちを制して、ミーニャさんが料理の手を止めた。どういうことだろう? ぽかんとして言われるまま待っていると、ミーニャさんはエプロン姿のまま玄関へ行きドアを開ける。
幻獣ノートを抱え、ガタガタ震えているアステルムが外にいた。
「アステルム!!」
「さ……寒い……のじゃ……」
「さっきから玄関先に精霊の気配がするからおかしいと思ってたのさ。もっと早く入れてあげればよかったね」
元々青白い顔がさらに真っ青だ。私を探し回って相当冷えちゃったみたい。ふらふらと家の中へ入ってくるアステルムに私は駆け寄った。
「ごめんね、アステルム……!」
「まったくじゃ、誰のおかげで異世界に来られたと……」
「本当にごめん!」
「精霊の気配がわかる巫女がおってよかった……」
そっか、ミーニャさんは巫女さんだからわかったんだ。特別な力があるんだね。本当に良かった……ごめん、自分のことで精いっぱいでさっきまで忘れちゃってて……。
ミーニャさんがアステルムを暖炉へ案内する。段ボールを3つ積んで火の真正面に座れるようにしてくれた。火に両手をかざして、アステルムはため息をもらす。
「ほやぁ~……火は偉大じゃ~……」
精霊が珍しいのか、ラルドが寄ってきて話しかける。
「精霊って自分で火、起こせねーの?」
「俺は本の精霊。幻獣ノートにまつわる魔法しか使えないのじゃ」
「『俺』? その口調で俺って変じゃん?」
「否!!」
急にアステルムが大きな声を出したので、ラルドも私もびっくりして肩を跳ね上げた。
「な、なんだよ?」
「これは俺の『プライド』なのじゃ……」
「プライド?」
アステルムが段ボールの上に立つ。そしてぐっと両拳を握った。まるで舞台の主人公のようだ。
「確かにこの口調ならば『わし』や『そなた』などを使うのが自然であろう。ここで俺と名乗るのは不自然である、それは百も承知。
だが俺は……こう見えてまだ、若い」
若い、のところでキリッと目を見開く。目力がすごい。何か固く強い意志を感じる。
気圧されてしまい、私はこくんとうなずく。
「そうだね、見た目は20歳くらいに見えるけど……」
「そうじゃろう!?」
アステルムは足を振り上げ勢いよく段ボールを踏みつけた。何度も何度も、コテンパンにするように。
「『わし』などどいう年寄りじみた言い方……絶対に、絶対にしたくないのじゃ! ダサい! 古臭い!」
なるほど、そういうことだったのね。出会った時からめちゃくちゃ不自然だなぁと違和感はあったけど、わざとだったんだ。でもそれなら、口調は古臭くないのかな? 疑問なので提案してみる。
「じゃあ口調も変えたらどうかな?」
「この口調は精霊らしくてカッコいいじゃろう!?」
条件反射のスピードで答えが返ってきた。ええー……いや、そーお……?
「うーん……そうかなぁ?」
「おろ?」
ラルドもスパッと一言。
「普通の言葉使ったほうがカッコよくないか?」
「おろろ?」
うん、そうだよね。別に精霊はこの口調で話さなきゃいけないって理由はないみたいだし。似合ってなくはないけどね。
「試しに普通の言葉で話してみようよ」
「ううむ……むむ……」
「やってみようぜ! そのほうが俺らも話しやすいし」
私とラルドの意見に今度はアステルムが押されるような形で、ではこほん、と前置きするとアステルムはさらりと髪を指でといた。
「暖炉とはとても便利なものだな。こうして薪をくべているだけで火を保てる。精霊の魔法にも負けない知恵だ。俺はとても感動している」
さぁ、どうだ!? と期待に満ちたまなざしを向けるアステルム。
顔を見合わせる私とラルド。
シーン…………としばらくの間があいた。
すごく言いづらかった。アステルムのあの顔は、イケメン口調になれたと信じて疑っていない。
でも、でも……
私より先にラルドが口を開いた。
「今まで通りのほうがしっくりくるな」
「な、なんと!?」
言い出してくれてありがとう……これで流れに乗るだけで済む……。私もうなずいた。
「なんていうか、個性がなくなる感じがするね」
「面白味がない!」
「ラルド、そのくらいで」
アステルムは希望を失ったかのような表情でがっくりと肩を落とした。
「君らが言いだしたんじゃろうに……。俺はこれからどう話したらカッコいいのじゃ……?」
あわわ、アステルムが落ちこんじゃった。何か励ましの、フォローの言葉を! そう、全然今まで通りでもカッコよく……はないかもしれないけど、精霊らしくて自然……でもなくて……うーん……。
でも困ったのは束の間。ナイスタイミングで、ミーニャさんが晩ご飯を持ってきてくれたのだ!
「ほーら、ご飯だよ! ハナメもラルドも精霊さんもみんなたくさん食べな!!」
テーブルに並べられたのは魚のお刺身、姿焼き、煮つけ、ムニエル、スープ。たったこれだけの時間でどうやって? と思うほど品数が多く豪華なご飯だ。
私もラルドもアステルムも、ぱぁっと目が輝き思わず頬が緩んだ。
「すごい! 美味しそうです……!」
「母ちゃん本気出したな! いつもこうだといいのに」
「あんた一言余計だよ」
「ほわぁ、豪華じゃの~!!」
いただきますも言わずにラルドがフォークを伸ばそうとしてさっそくミーニャさんに怒られた。私はてっきりミーニャさんも一緒に食べるのだと思ったのだけれど、座らずにキッチンの後片付けを始めたので声をかける。
「あの、ミーニャさんは食べないんですか?」
ミーニャさんは振り返るとにっこり笑った。
「あたしはハナメ達が食べ終わった残りでいいよ。今ダイエット中だからね!」
ラルドが何か言おうとして、さすがにまずいと思ったのか口をつぐんだ。うん、その判断は賢明だと思うよ。
私達はそろってフォークを持ち手を合わせた。
「いただきまーす!!」
テカテカと光るお刺身は新鮮そのもので、頬張るとじわぁんと口の中に脂のうまみが広がる。自然と笑みがこぼれてしまう。さすが漁師の家の魚……! じゃあ姿焼きの方は!? と勢いよくパクリ、うわぁ……こっちは火を入れてあるからガツンと脂がくる! 塩だけの味付けだから素材のうまさがものすごく活かされてる……!
ムニエルは? 煮付けは? スープは? わぁどれも絶妙な味、たまらない……! フォークもスプーンも止まらない、食べ切っちゃうかもしれないよミーニャさん……!
アステルムも私と同じように一口食べては天を仰ぎ、一口食べてはため息をついている。ラルドはもう夢中になってガツガツ、すごい勢いで頬張りまくりだ。こうやって一緒に料理を食べているだけで、なんだか仲良くなれてるような気がするな。
私は何気なくラルドに話しかける。
「ここってなんていう国のなんてところなの?」
ラルドが急に咳きこんだ。喉につかえちゃったみたい、ゲフゲフ言いながら胸を叩く。ようやっと水で流し込むと、茶色い大きな目をまん丸にして問い返してきた。
「ハナメ、知らないでここに来たのか!? こんな北の端っこに!?」
ドキッとした。しまった、聞き方まずかったかな。私が異世界の人間だってこと、たぶんバレちゃいけない気がするんだよね。
私はちらっとアステルムに目配せする。
アステルムは空気も読まず煮付けに夢中で全然こっちを見ない。
……役に立たない。
仕方ないのではぐらかした。
「ふらっと森に入って迷っちゃったからね……」
「もしかしてホントに家出したお嬢様なのか?」
「それは違うんだけど……」
ふうん? とラルドは首をかしげたけれど、それ以上は詮索してこなかった。テーブルのすぐそばにある棚から薄く大きな紙を取り床に広げる。
地図だ。
「ここはリトワール王国っていう国なんだ」
ラルドが地図の左上を指さす。
「んで、俺たちのいる村はここ、ダリダ」
「北西の端っこ?」
「そう。冬はめちゃくちゃ寒いんだ。雪もすごく降るし海も荒れる。漁に出られない日も増えるんだ」
「うん、外、寒かった……」
「もうしばらく外に出たくないのじゃ……」
私より何倍も深くこくこくとアステルムがうなずいた。よっぽど懲りてしまったみたい。
って、あれ? いつのまにかしれっと会話に参加してる?
まぁいっか。
はは、とラルドは苦笑いしたけれどすぐ明るい声で切り返した。
「でも、結構にぎやかな村なんだぜ! 俺達家族は漁があるからはずれの海辺に住んでるんだけど、村の市場はいろんな種族の人がいろんなモノ売ってて……」
「いろんな種族!?」
絶対に聞き逃せないワード! 私は両手を弾丸のように伸ばしラルドの両肩をわしづかみにした。
「うわっ」
「種族って、エルフとかドワーフとか!?」
「お、おう。よく知ってるな、この国初めてなのに」
やっぱり! ここにはエルフやドワーフが存在するのね!! 私は矢継ぎ早にラルドに質問を浴びせる。
「エルフはやっぱり背が高くて美人で耳がとがってるの? 繁華街から外れた郊外に小さな集落を持っていてそこには許しがないと入れないの? ドワーフは背が低くて丸っこいフォルムで力持ちなの? みんな鉱山でツルハシをふるって働いていて寡黙な人が多いの?」
「いや、そんないっぺんに聞かれても」
「そしてどちらもとっても長生きなのね!?」
「ちょ、ちょっと落ち着けよハナメ」
「会いたい! 今すぐ会いたい! 一番ご近所のエルフさんやドワーフさんはどこ!?」
ゆさゆさと肩を揺すられるラルドは目を白黒させて何がなんだかわからないみたい。どうして? 私は基本情報を確認したいだけ、そして一目お会いしたいだけ! ねぇしっかりして、教えてラルド!!
アステルムが横から冷静なツッコミを入れてきた。
「3日歩かねば村には着かぬぞハナメ」
脳天をグサッと刺されたようだった。
「うっ、そうだった……!」
やっぱり、憧れのエルフやドワーフに会うためには森を攻略しなきゃならないんだ……。テントの張り方、ミーニャさん知らないかな……? あ、火の起こし方はきっと知ってるかな?
ずーんと重くなった頭を垂れる。ああ、先は長い……異世界、難易度高すぎる……。
ところがラルドがさらっと、とんでもないことを口にした。
「うちの父ちゃんはドワーフだよ」
「!?」
な、な、な……なんですと―――――!?!?!?
「おや、ラルドはハーフだったんじゃな」
「うん、母ちゃんは人で、父ちゃんはドワーフ」
「小さいわりにしっかりしとるから、もしや見た目よりも年上で生まれつき背が低いのかと思っとったのじゃ。やはりそうじゃったか」
「父ちゃんの遺伝! 力が強いのも器用なのもな!!」
いやいやあっさり受け止めて話進めないでよアステルム! っていうか気づいてたなら即刻言ってよ私がそういうの大好物なの知ってるじゃん!! あぁ会いたい、会いたい会いたい拝みたい!!!
「お父様は今どこに!?」
いないとわかっているけれど家の中をぐるぐる探し回ってしまう。ラルドが言った。
「今日は大漁だったから昼から酒場で飲んでるよ。でももうすぐ帰ってくるかも……」
その言葉を合図にしていたかのようだった。
ギィッ、とドアが開いたのだ。
「たーだいま――!!」
野太い声。背が低くて丸っこいフォルム。もさもさとたっぷりたくわえられた黒い口ひげ。背負っているのがツルハシではなく魚の入った網だっただけで、その姿は私の想像していたドワーフそのものだった。
私はぴゅんっと玄関に飛んでいく。
「お父様! お帰りお待ちしておりました!!」
あまりの勢いにお父様は大きくのけぞり、ビチャッと網が床に着いた。キッチンにいるミーニャさんに問いかける。
「うお!? おい、いつメイドなんて雇ったんだ?」
ミーニャさんより先にラルドが答える。
「父ちゃん、ハナメはメイドじゃねぇよ。森で遭難……」
でも私は最後まで言わせずかぶせて宣言!
「ドワーフ様のためならメイドでも奴隷でもなんでもやります!!」
アステルムが呆れたようにツッコむ。
「こらハナメ、話をややこしくするでない!」
「???」
分厚い眉毛をぐにゃりと曲げてわけがわからないみたいな表情をするお父様がまたなんとも愛らしい! このままマスコットとして玄関先に飾りたい! いやソファの上にクッションとして座らせたい! そしたら抱きついて丸っこいフォルムを存分に愛でることもできる~最高!! なんならベッドにも連れて行ってちょっぴりかさばる抱き枕に……うふふ、いい夢が見られそう~!!
……と、私がキラキラときめいている間にラルドが事情を説明してくれたようだ。ふんふんとうなずいてお父様の顔が明るくなる。
「そーかそーか、大変だったなハナメの嬢ちゃん! 知らない土地で遭難なんてさぞ心細かったろう! 自分ちだと思ってドッカーンとくつろいでってくれ! それとも本当にメイドになるか? ワッハッハ!」
お酒が入ってるからかな? ドワーフにしてはかなり豪快で社交的な感じがするな。ちょっとびっくり。でも大口開けて笑う姿も愛らしいです……♡
お父様が背中からどっこらせっと網を下ろす。
「おい母ちゃん、これさばいといてくれ! 明日は漁の後仲間で魚のフルコースだ!!」
えぇ? とミーニャさんがため息を吐く。
「今しこたま飲んできたんじゃないのかい?」
「明日はもっと大漁になる見込みなんだ! 酒だけじゃ済まねぇよ、とびっきり豪勢にいかねぇとな!」
「自分でさばけばいいじゃない、できるんだから」
「まぁそうしけたことを言うなよ母ちゃんよ!」
「やれやれ、うちの男は人使いが荒いね」
ワッハッハ! とまた豪快に笑うお父様から魚を受け取る呆れ顔のミーニャさんは、それでもどこか嬉しそうだ。きっとお父様の笑顔が好きなんだな。お父様が楽しそうにしている姿を見るのが好きなんだ。だって顔に書いてある、「あたしも楽しいからまぁいいよ」って。
こんなに可愛らしいお父様だもん。私だってなんでも許しちゃうよ……。
なんて想像をしてうっとりしていたら、いきなりお父様に背中をボーン! と叩かれた。
「わぁっ」
「お、悪いな! 手加減したつもりだったがなんせ漁師なもんでよ! 俺はダンだ。よろしくな、ハナメの嬢ちゃん!」
ニカッと見せた大きな白い歯。なんてチャーミングな笑顔だろう。きゅーんと胸がしめつけられる。
ダン。私が初めて出会ったドワーフ。
神様仏様、ダン様。
私は頬に熱が上るのを感じながら頭を下げた。
「こっ、こっ、こちらこそ、よろしくお願いいたします! ダン様に出会えてこの上なく幸せです……!」
「ワハハ、嬢ちゃんヨイショがうめぇな! 持ち上げても魚しか出ねぇぞ?」
「魚で十分、お釣りが来るくらいです!」
「ダッハッハ!! そうかい、そりゃ何よりだ!!」
飲んだだけでは足りないとダン様も晩ご飯の席に加わり、豪華な料理を囲みながらみんなでたくさん食べて話して、とても楽しい夜を過ごせた。それは元の世界では記憶の限り一度も無かった経験で……大勢で食事をする、たったそれだけがこんなにも楽しいだなんて私は知らなかった。
みんなで盛り上がる。一緒に笑う。同じ物を食べて美味しいねと笑い合う。
家に入る前にあった緊張もいつのまにかどこかへ飛んでしまっていた。
ああ、温かいな。
ずっとここにいたいな。
すっかり和んでしまった私はぼんやりそんなことを考えていた。
その時は、翌日大事件が待っていることを知るよしもなく――――。