大阪・神戸探訪
8時30分。財布・携帯・本(机の上で悲しき積読本と化していた「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」)・リップ・ウィンストン・パーラメント・ライターをサイドバックに放り込み、Fast 3のTuftyが流れるヘッドフォンとキャリーケースを軽快に引きずりながら家を後にする。10時45分。羽田空港第2ターミナルにてWi-Fiをレンタルし、急いで空港間連絡バスで第1ターミナルに向かう。保安検査場を抜け、搭乗まで時間があったので、ひとまず空港内を散歩してみる事にする。11月の終りだというのに、陽気な気候のせいで少し歩くだけで全身から汗が吹き出してくる心地がする。11時50分。31アイスクリームの自販機でポッピングシャワーを買い、機内で食べようと画策しながら空港内をウロウロしていると、いつの間にか最後から2番目の搭乗者となってしまっていた。12時30分。滑走路混雑の影響で出発の遅れた飛行機内で、半分溶けたポッピングシャワーを頬張りながら、溶けたアイスクリームをアイスクリームと呼ぶ事は禁忌であるのだろうかと1人論争を繰り広げていた。私には、ポッピングシャワーは溶けてもポッピングシャワーとして堂々と佇んでいるように感じられた。機体はLucas de Mulder & The New MastersoundsのSeverl Timesを聴きながらポッピングシャワーに思いを巡らせる人間を乗せて、荒れる気流の中を大きく揺れながら進んでいく。飛行機は搭乗している人間のありとあらゆる思念を吸収したりするのだろうか?だとすれば、愉快、愉快であるなと考えを巡らせていると、いつの間にか関西国際空港に到着していた。13時58分。関西国際空港?計画であれば、大阪国際空港に到着する予定であったが、それは私の全くの思い違いであった事に到着してから気が付いた。1週間ほど前に急いで取ったチケットであったので、よく確認出来ていなかったのだ。元来、旅は無計画・予想外であるべきという個人的な考えを持っていたので寧ろ高揚した気分になる。そんな事よりも、関西のエスカレーターでは立ち位置が右側であるという事に気を取られ、妙な感心を覚えていた。15時15分。東京とはまるで違う、大阪の空気感に洗礼を受けながら、天王寺動物園駅前のホテルに到着する。シングルベッドが1つ置いてあるだけのシンプルな独房スタイルの部屋であった。16時10分。通天閣近くのスパワールドに行く。プール利用客と風呂利用客の脱衣所が混在していて、服を着ている人間の中で自分だけが裸になるというのは思いの外居心地が悪いのだなと思った。全裸でプールの入口を開けないように気を付けながら、散らかったコンセプトの風呂に1つずつ身体を沈ませて行く。時間が早いおかげか誰も居ない露天風呂で曇った夕方の空を見上げながら、緩い風を浴びるのは気持ちが良い。17時35分。風呂を出て、出口のゲートを通り抜けようとすると、警備員らしき人物に何やら声を掛けられた。何か退場手続きに間違いがあったのだろうかと立ち止まると、警備員は「それ開けてるの?いいね、俺も開けてるんだ。」と言って私のセプタムを褒め、徐に自分の拡張した耳を見せ始めた。個人的な牛への敬意の説明と礼を伝えて、彼と別れる。脳内ではEzra CollectiveのN29が流れていた。17時45分。ポッピングシャワーしか入っていない胃が限界を迎えたので、適当に食べ物を探す事にする。大阪で食べるべき物が分からず新世界を彷徨っていると、かすうどんの文字が見えたので店に入る。牛脂のスープにかぼすが沢山乗ったうどんは本当に美味しかった。何も知らなくても私は完璧な食べ物にあり付けるのだと誇らしい気持ちで新世界を闊歩していると、新世界国際劇場に辿り着いた。こういった甘美でディープな場所が日本には永遠に存在していて欲しいものだと、暫く劇場前のポスターをじっと眺めながら立ち尽くしていた。18時10分。ホテルの窓を開けると見える通天閣を横目に、暫くじっとしたり本を読んだりしていた。18時50分。ジャズ喫茶SUBへ向かう。地下鉄へ向かう錆びれた地下道の一角にあるその店は、まるでフィクションの世界に存在するかのような不思議な佇まいをしていた。ジャック・ダニエルのハイボールとオーツ・レーズンクッキーを注文し、それを頬張りながら、店内に流れるビリー・ホリディを静かに聞いていた。ライブは一晩で2回行われる。店主の吹くサックスとピアノの演奏は素晴らしく夢見心地で、今夜はよく眠れそうだと思いながら地下道を歩きホテルへと戻った。
7時30分。起床。珈琲をちびちびと飲みながら支度をする。テレビを付けると大阪らしい生放送番組が流れていていて、2日目にしてやっと自分が大阪に存在しているという自覚を覚えた。8時30分。大阪モノレールに乗って、万博記念公園に向かう。モノレール「mono-rail」の語源は、ギリシャ語で「ただ一つの軌道」を意味するらしい。大阪モノレールは跨座式の単軌鉄道だ。私の心はいつからかモノレールに取り憑かれていて、モノレールに乗る事は今回の旅の目的の1つでもあった。モノレールから望むジオラマのような街を眺める時間が狂おしいほど好きだ。9時25分。万博記念公園駅のロッカーにキャリーケースを預け、The Copeland Davis GroupのNO ARMS CAN EVER HOLD YOUを聴きながら、太陽の塔を目指して公園内を駆け抜ける。雲ひとつない真っ青な空を背景にどっしりと構える太陽の塔の姿は壮観で素晴らしかった。内部の展示にもいちいち感嘆の声を漏らしながら、太陽の塔を登っていく。右腕左腕の内部は空洞になっていて、そこから吹く風がじんわりと冷たく頬を刺した。空洞に向かって叫んだら反響しそうだったので、人気が少なくなったタイミングを見計らって「ワッ」と叫んでみたりする。思いの外音が吸収されてしまうのだなと思いながら、研究者の面持ちで暫く腕の空洞を眺めていた。一通り塔の内部を見尽くしたので、小さないたずらを完遂した後の子供のような気持ちで塔を下っていく。家族連れで混み合った園内を軽い足取りですり抜け、公園出口にたどり着いた所で、太陽の塔に向かって深々とお辞儀をし、公園を後にした。11時10分。横尾忠則現代美術館を目指して神戸に向かう。灘駅を降り、六甲山を目の前に坂だらけの道を、キャリーケースをずるずると引きずりながら歩く。道中、毛皮のマリーズのDIG ITやそれすらできないを口ずさみながら、中学生の頃から憧れ続けた人のルーツを自分の足で辿る事が出来る喜びを全身で噛み締めていた。3年前に見たGENKYOなどの特別展と比べると、横尾忠則現代美術館に保管されている作品は少なく感じられたが、作品数とは関係なくそれぞれの作品から特別なパワーを感じられたので良かった。13時30分。元町駅に到着する。ジャズ喫茶M&Mはビルの2階に店を構えていて、細い階段を上ると辿り着く事が出来る。歯に染みるほど冷たいアップルパイを食べながら、大きなスピーカーから流れるカウント・ベイシー&オスカー・ピーターソンのYes Sir That's My Babyやオスカー・ピーターソンのTea for twoを聞いていた。お会計時、大きな荷物を持つ私を見兼ねて、店主が階段下までキャリーケースを運んでくれた。礼を伝えると、近くのジャズ喫茶も教えてくれたので、向かう事にする。ジャズ喫茶JamJamはビルの地下1階に店を構えていて、映画館のようにスピーカーを前にして皆が座り、音だけを聴く事が出来る空間になっている。大型のスピーカーからは、今の日本中どこを探しても聞くことが出来ないのでは?と思うほどの爆音でリー・モーガンが鳴り響いていた。爆音に頭をくらくらさせながらSunrise,SunsetとNite-Fliteの2曲を聞き、帰りの便までの時間が迫っていたので、舌を火傷するほど熱い紅茶を急いで啜って店を後にした。14時40分。ポートアイランド線に乗って空港へ向かう。ポートライナーは、六甲山と海の間の道を縫うようにして進んでいく。西陽が当たって目が眩むほど煌めく海の上を渡って、神戸空港に向かう情景はこの短い旅の中でお気に入りのシーンの1つとなった。15時15分。神戸空港に到着し、搭乗まで時間があったのでアイスカフェラテをズーと啜りながら展望デッキで飛行機と海を眺めていた。地平線をひたすら眺めながら、捨てる為に持ってきていた煙草とライターの存在を思い出していた。捨てるくらいなら知らない誰かにあげようかと思って辺りを見渡してみたが、受け取ってくれそうな愉快な人が居なかったので、ウィンストン・パーラメントをゴミ箱に、ライターをライターボックスに投げ捨て、飛行機に搭乗した。18時10分。羽田空港到着。モノレールの窓から暗い整備場を眺めながら、大阪・神戸へ感謝の念を飛ばしてみたり、東京モノレールから望む景色は夜よりも昼の方が別格であるという個人的な思想をまだ見ぬ誰かに説く遊びを脳内で繰り広げながら、帰路を辿る。20時30分。帰宅。