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01 Sun King

1月

正月。従兄弟が飼っている小学生くらいのサイズのスタンダード・プードルを散歩する。2歳だというのに、馬鹿みたいに力の強い犬に嬉々として引き摺られながら運動場を走り回る。パブロフの犬とは正にこの姿と言わんばかりに、他の犬を見つけるとリードを引く人間を物ともせず問答無用で走り出すこの犬を見て、私が犬に生まれ変わったのならば必ず分別の付くスマートな犬になってやるのだと固く決心するのであった。


部屋を片付けていたら、高校生の頃友人の家で描いたMusic from Big Pinkのアルバムジャケットを模した油絵が出てきた。やっと手に入れた自分のBig Pinkに移るべく行っていた断捨離中に再会した絵を不思議な心持ちで繫々と眺める。ディランよりも確実に上手く描けている自負を心の中にそっと封じ込めて、落書きのような絵が描かれた他のキャンバスと共に紐で縛り、処分した。



1月はBayou CountryとMeddleをよく聞いていたので、タイトルはアルバムの中でもなんとなく間抜けで特に好きなPenthause PauperかSan Tropezにしようかなと考えていたが、心変わりもいいところSun Kingが選出された。



北欧家具雑貨の店で、手の届かない額の素敵な家具達を歯を食いしばりながら眺めていた。倉庫をそのまま居抜いたような店の入り口の扉の上には、鹿のような動物の頭蓋骨が飾られており、数日前に世界の終りとハードボイルド・ワンダーランドを読み終わった身としては、何だか秘密の夢読みを共有しているようで嬉しく思う。結局惹かれた家具もグラスも買えず、Sonyのラジオ付き時計、モダンジャズ大全集・ビル・エヴァンスのカセットテープを予定外に購入し、自分の呆れた買い物スタイルを思い知るのであった。




友人の卒業制作展を見に行く。友人の絵には、変遷を緩やかに纏っていくしなやかさと、見る者を決して置いてけぼりにしない変わらない心強さが同時に内包されているように思う。いざ作品を前にすると、不思議と安堵さえ覚える。友人の絵を見る事が出来る場所が、学校の教室や廊下やお互いの部屋から、ギャラリーや美術館に移っても変わらない、友人の絵に対するひたむきさは私をいつまでも安心させるのであった。

手を引かれずとも
これからずっと おやすみ
はざま
彼方の感覚を眺む
私のいないところで



幾度目かの大島出張は殺人犯が逮捕されたり、ジェット船がエンジントラブルで欠航になったりと何かと騒がしかった。大島は火山島になっていて、海底まで溶岩が溶け出したような地形になっている。4年前にダイビングで何本か潜って見た、溶岩が作り出した海底地形と南方系の魚類で構成された海中世界の映像は今でもしっかりと心に刻み込まれている。陸部分も随分歩いたり走ったりして、何となく海底から三原山山頂付近まで、島全体の構造にも詳しくなってきた。1年前は右も左も分からなかった仕事も、2年目となると業務の全体像が把握出来るようになっていて、自分1人でそれなりに踏査してみたりと、少しは現場に食らい付いていけるようにもなった気がする。自分1人だけ取り残されているように感じていた仕事でも、出来る事が増えるに連れて面白い仕事だと思えるようになるのだから不思議である。踏査を終え、ひとしきり島内のマイナー観光スポットを見物した後、疲れ切った身体を揺れるジェット船に乗せ、うとうとしながら島を離れる。東京に到着し、人の溢れた賑やかな交差点で信号待ちをしていると、数時間前まで見ていた人一人居ない大島のサンセットパームラインを思い出して、まだ見ぬ静穏な隠遁生活に想いを馳せるのであった。





近頃すっかり敬遠していた寺山修司の文章であったが、ふと思い立って昨年新宿紀伊国屋にて購入し積読本と化していた、寺山修司没後40年を記念した初版復刻版「書を捨てよ、町へ出よう」をぱらぱらと捲っていると時々面白いことが書いてある。(何よりも装幀が素晴らしいのだが!)

モダンジャズ入門の章にて

ところで、ジャズっ子の七つ道具と言えば思いうかぶものはハイ・ファイでもステレオでも楽器でもありません。ジャズっ子の七つ道具は、コーヒー一杯分の現金、人間嫌いさ、空腹、さみしい心、と言ったもののようです。それに、時に応じては性的不能、ハイミナール、「スイングジャーナル」などと言ったことになるかも知れません。

「書を捨てよ、町に出よう」寺山修司


シド・バレット独りぼっちの狂気の上映に先立って出版された、「シド・バレット読本」をようやく手に入れたので時間も気にせず貪り読んでいた。評論家や音楽プロデューサー・ミュージシャンが、様々な視点で彼を分析・解釈し、深い愛着を持ってシドへ募った複雑な思いを昇華しようとする如何にも論文的な本であった。私は、シドの生まれ持った性質としてただ表現をして生きているというスタンスを敬愛している。以下に、シド・バレット像として個人的な解釈と上手く重なる記述を釘付けしておきたいと思う。

メインストリームじゃなくて、つねに斜めに世界を見ている人が好きだったんですね。ボリス・ヴィアンやセルジュ・ゲンズブールもそうですが、みんなどこか引いているんです。そこが田舎くさくなくて好き。うつむき加減に生きていないということが、僕は格好わるいなと思ってしまう。シドなんかも、やっぱりうつむき加減の人生なんだと思う。それが僕はすごく好き。(略)
-当時のイギリスとアメリカのサイケデリック・カルチャーの類似点、相違点についてはなにか感じていましたか?
イギリスはパーソナルだけど、アメリカは完全にムーヴメントだと思った。グレイトフル・デッドやジェファーソン・エアプレインにしろ、アメリカはヒッピーカルチャーだったけど、イギリスはヒッピーというよりも、オスカー・ワイルドとか、デカダンで文学的なもの、あるいはヴィスコンティの映画みたいなものとつながっている感じがしました。すごくエレガントでデカダンなものと、ハイパーでいっちゃっているようなアメリカ的な西海岸のムーヴメント、僕は両方とも好きでしたよ。(略)
僕はことあるごとにいっていますが、ひとは人種や国籍ではなくて、種族だと思っているんです。ピンク・フロイドは「アニマルズ」で犬と羊と豚といったけど、これまで50年以上、いらんなひとと仕事をするなかで、合う人は、何人ということでないし、年齢でも職業でもない、テイストのようなものがあるんですね。だからそれは種族なんですよ。種族であり、部族みたいなものだと思うんです。(略)
シドはマッドではあっても暗いと思わない。シドとか、チャット・ベイカーとかビリー・ホリデイみたいなひとを暗いと思うのはみんな誤解で、彼らはドラッグ中毒者ではなく愛好家なんだよね。全然暗くないもん。(略)
-「悲劇」というバイアスはありますよね。
シド・バレットは悲劇じゃない。ああいうひとが存在したというだけでね。(略)
なにか日本のメディアはみんな暗くしたがるんだよね。だからはっきりいいたい。シドは暗くない。

「シド・バレット読本」松村正人
Interview立川直樹-マッドだけど暗くないシド・バレット

僕は外部の言葉に惑わされることなくシド・バレットの音楽に心ゆくまで「幽閉」されることが出来たんだと思います。いや、正確には、僕は「彼に付き纏われることになった」と言うべきでしょうか。(略)
ともあれ僕は、シド・バレットの作品は、これからも愛着の対象として聴かれ続けるだろうと頑なに信じています。そして、僕は声を大にして言いたいです。若い頃にシド・バレットを聴けば、彼は君の人生にずっと付き纏うことになる。なぜなら彼は、君がどこにいようと移動して、君の人生に常に関わり、そしてそういう風にどこでも偏在する人なのだからと。(略)
シド・バレットは生涯に一度だけ展覧会をしたことがあるんです。1964年に、友人のアンソニー・スターンに請われ、二人展というかたちで。しかし、スターンの回想によれば、シドを巻き込むことはとても大変だったそうなんです。自分の絵を他人に見せるのは絶対にイヤだと、シドは散々ごねたそうなんです。つまり彼にはもともと自己顕示欲はなかった。だからピンク・フロイドのポップ・スターにもなりたくなかった。彼はストリッパーではなかった。彼は自分自身の愉しみにのみ忠実で隷従的な趣味人としての静穏な暮らしを維持しながら、社会からそっと離れていくための理想的な隠遁生活のすべを、最終的には「不本意な仕方で」選択したんだと思います。それが彼の苦痛でしたし、僕たちの悲しみや不満にもなりました。

「シド・バレット読本」松村正人
Interview河添剛-絶え間なく移動し、付き纏い、偏在する、シド・バレットへの自由な愛着

石原:(略)そもそもシド・バレットは暗くないし、感性は突き抜けているんですよ。メソメソした中途半端な私性とは無縁です。今回シド・バレットをまとめて聴き直していちばん思ったのは、言葉が淀みなく出てくる人だということです。未発表曲にほとんどワンコードで延々としゃべるだけのような曲もあるじゃないですか。ラップができるんじゃないかなっていうぐらい、言葉がずっとあふれている。
松村:「バイク」なんか意味よりも韻ですものね。
石原:そのうえまったく暗くない、メッセージ性もないとはいえないけど取り立てて強調されることもない。そして単純な怒りもない。ただ言葉だけがある。言葉があふれると、感情が突出して出てくるものだけど、それもあまり感じられない。ほかではあまりない音楽ですよね。
松村:かといって完全に無意味かといえば、そうではないし、うっすらと文学性はあっても文学的すぎない。

「シド・バレット読本」松村正人
CROSS TALK/石原洋×松村正人


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