ヘブンスが燃えた日
かつて私が毎月出演していた三軒茶屋ヘブンスドアが燃えた。これは炎上の意味もあるが、実際に油が撒かれ火が燃え盛ったのだ。
ヘブンスの楽屋は別のフロアにあり、出口は受付前を通る階段のひとつだけ。ライブハウスゆえに扉も重たいのでそんな中でこの炎が機材などに燃え移ったらみんな丸焦げになる可能性も充分にあった。火をつけたバンドはちょっとしたパフォーマンスのつもりだったのだろうが、危険すぎる。
しかし決行したバンドは炎上してしまうのも仕方ないと思うが、そもそも三軒茶屋ヘブンスドアとは【NGなし】を謳うライブハウスだったので、起こるべくして起こったとも言える。別にそこに関しては私は批判するつもりはない。
危険なパフォーマーも出演する、ヘブンスとはもともとそういう箱だった。
ミュージシャンとは、人としてハミ出た部分を音にしているようなところは多いと思う。
ゆえに常識はずれな者、真人間になろうとしても上手くいかなくて音楽を捌け口にする者、あえて常識から外れようとする者も多い。それは自分も含めて。
そして、その中でも三軒茶屋ヘブンスドアに出演する人たちは選りすぐりのハミ出し者だらけだった。
私は地下アイドル時代を含めたら大小100個近くのステージに立ってきた。大きければZeppDiverCityやO-West、小さければバーの一角に段もないようなステージなど、自慢でも大袈裟でなく今はもうないような様々な場所で歌い続けて来た。
そして、当たり前かもしれないがライブハウス毎に色が全然違うことを感じとった。パンクやハードロック系のバンド箱やグランドピアノの横にドラムがあるようなクラシックな箱、アコースティック向きの箱、オーナーや店長によっても色は様々だ。
そんな中で三軒茶屋ヘブンスドアを失礼ながらざっくりカテゴライズするなら【スラム箱】というのがしっくりくる。
ミスチルやワンオクやいきものがかりのようなバンドが生まれることは決してない、けれども音楽が心から好きで、そこでしか生を実感できないような人間を自由に受け入れてくれる箱。
なんとなく生きるのが下手で、でも音楽や自己表現が好きな偏った人たちの居場所、それがヘブンスだったように思う。
まず、私が出始めた頃のヘブンスは店主のホーリーにハマらなければ出られなかった。集客があっても、音楽やパフォーマンスが面白くなかったりすると出演はさせない、そう言う彼のプライドが好きだった。
だからこそ自分たちが選ばれたことが嬉しかったし、誇りに思っていた。箱自体についてるお客さんも多かったように感じる。
2018年末の紅白歌合戦でSuchmosが「臭くて汚ねえライブハウスから来ました、Suchmosです」って言ってるの見て、あれ?その臭くて汚ねえライブハウスって三軒茶屋ヘブンスドアかな?って思った。
だって、Suchmosもヘブンスに出てたから。
いや、きっと彼らは他の箱にも出ていただろうし、違うかもしれないけど「臭くて汚ねえライブハウス」にどこよりもしっかり来るのがヘブンスだった。楽屋に衣装を置いておけば、誰もタバコを吸っていなくても1時間もしないうちに壁に染みついたタバコの臭いで衣装が臭くなる、それがヘブンス。
だけど、私はそんなヘブンスドアの雰囲気が、実はとても好きだった。私のハミ出した部分は、ヘブンスに非常にフィットしていたように思う。
しかし今回の件についてはやはり思うところがあり、自分の感情を整理するためにも今、これを書いている。
それは【ある程度無茶する】パフォーマーたちの"程度"を店主のホーリーが予想がついてないわけがないのだ。
私はそういうバンドやパフォーマーを出禁にしろとは思わない。それを受け入れて来たのが三軒茶屋ヘブンスドアだから。
ただ、対バンに関しては配慮すべきだったと思う。ヘブンスでどんなパフォーマンスをしてきたバンドなのかはわかっていただろうし、きっと火を使うパフォーマンスは初めてではなかっただろう。それを言わずに対バンとして組み込まれた方はそりゃ命の危険も感じるし、不快な気持ちになって当然。
私は2022年2月の誕生日前夜にヘブンスに出て以降、ヘブンスの出演をやめた。そして私が出演をしないと決めた理由の大きなひとつはやはり当時の対バンにあった。
対バンのミュージシャンが裸になることは、男女問わずヘブンスではよくあることなのでそんなに気にしていなかった。その人の音楽表現に裸が必要ならば好きなだけ脱げばいいと思う。
ただ、あるパフォーマーはセーラームーンのカラオケに合わせて半裸で下ネタだらけの替え歌をしていた。他人の曲の歌詞を下ネタにして歌う、それがアーティストと呼ばれることが謎だったし、対バンという形で同列にされることが私には無理だった。
他にも客席に降りていっておしっこを撒き散らす女性パフォーマーもいた。それもさすがにイヤだった。
その後に同じステージでライブしたくなかったし、私たちを観に来たお客さんたちが他の演者を見て顔をしかめているのを見るのも悲しかった。お金払ってライブを楽しみに来てくれた人たちに心底申し訳ないと思った。
彼女たちには彼女たちなりに訴えたいことがあってやっているのかもしれない。でもそれを私の出演するイベントでやられるのは不快だった。そして何よりも、私がそういう対バンを組まれることを嫌がるであろうことをわかっていてホーリーに対バンを組まれたことがイヤだった。
ライブの後、ホーリーと長い長いラインのやり取りをした。その時に彼の言い分を聞いて、上記したようなパフォーマーを呼んだ理由には納得はした。
(コロナ禍で大変な時に裸になりがちなパフォーマーたちが集客してくれて、ドリンクもいつもより多く出てなんとか乗り越えたことなど)
そして、それならば私がヘブンスに出るのをやめよう、と思った。
もちろん、対バンじゃなく自主企画や単独ライブを組んで出続けるという選択もあったが、ホーリーが私の意向を無視した対バンを2連続で組んだという事実が虚しく感じ、当時の音響の悪さも相まってもう出ない、という選択に至った。
だからと言ってヘブンスが嫌いなわけじゃない。
ホーリー含め照明のユーラさんや、ヘブンスに関わる人たちは今も魅力的だし、あの箱はいつまでも永くあって欲しいと思う。まぁ、今回の炎上なんて猛獣使いのヘブンスからしたら屁でもないのかもしれないけど。
私は他人の裸を見るのがそんなに好きじゃないし、興味ないバンドで火だるまになって死にたくないからふらっと行く気はないけど、次回一時帰国する際は出演者調べて、あの臭くて汚いライブハウスに立ち寄ってみようかな。
そしてこのホーリーのインタビューは素敵だから読んで欲しい。
最後に、ヘブンスドアはヘブンズドアじゃなくてヘブンスドア。ズ、と濁りません。
理由は知らないけど。
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