短編小説『麻雀』#4(最終)
グラウンドでは投手と悠馬の壮絶な一騎打ちが繰り広げられた。そして投手の気迫のピッチングを前にして悠馬は簡単にツーストライクに追い込まれた。
「よし、次で決まる。どうせこんな若いのに大舞台は無理なんだよう」
金歯男が再び勝ち誇ったような表情を浮かべる。
3球目も投手は遊ぶことなくストライクコースに投げ込んだ。悠馬はインコースの球を肘を折りたたんで振り抜く。打球は一塁側ベンチの方向へと飛んでいった。
『振り遅れながらもファールにしました!河野選手、もの凄いスイングです!』
4球目、5球目もファールだった。ファールの度にその場にいる全員が安堵ともため息ともとれるような声を漏らす。
誰かが外で「河野打てー!」と叫ぶ声がした。外に目をやって見ると、いつもこの時間はみな寝静まっているはずのマンションの窓から光が漏れている。きっとこの街にいる誰もがライオネスの優勝を祈っているのだ。弱冠20歳の悠馬は数え切れないほどの期待を背負っていた。その背中は力強く、大きい。
「いけ!悠馬!」
投手が6球目を投げる瞬間、俺はテレビに向かって叫んでいた。テレビを囲んでいた男たちも前のめりになって何か叫んでいたが何を言っているかまでは分からない。みん荘はいつの間にか湿っぽいほどの熱気に包まれていた。
投手の投げた球がキャッチャーミットに向かって伸びていく。しかし腰の高さに甘く入ったストレートを悠馬は見逃さなかった。ゆったりとした構えから鬼のような力が全身に走ったと思った次の瞬間、驚くほど速いスイングスピードで悠馬はバットを振り抜く。
その場にいる全員が反射的に立ち上がった。それほどまでに圧倒的な打球は美しい放物線を描きレフトスタンドの上段にまで届いた。
一斉に湧き上がる観客で中継の画面が揺れる。飛び上がって喜ぶみん荘の男たちと外でも大騒ぎの人々で街中はお祭り騒ぎになった。
『優勝です!優勝です!河野選手の劇的なホームランでライオネスが逆転日本一を決めました!』
逆転サヨナラ満塁ホームラン。しかも日本シリーズでやってのけるなんて今まで聞いたことがない。信じられない状況の中心にいる若きヒーローはそれでも控えめにガッツポーズをしてみせるだけだ。
「やっぱり最後には決めてくれるなー河野くん」
ひとしきり大騒ぎして一息ついたダミ声が満足そうにうなずいた。
「いや・・・こんなバカバカしいことがあってたまるか。俺は認めんぞ・・・」
金歯男は怒りに身を震わせた。こんな勝負無しだ無しだと言い放っている。
「そんな駄々が今更通じるか。一度乗った賭けじゃないか。ほら見てみろ!事実、河野のホームランでライオネスが優勝した!」
俺はテレビを指差す。テレビ画面では悠馬のヒーローインタビューが行なわれていた。
「だがしかし・・・」
「もう潔く負けを認めましょうよ」
マスクの男が封筒を金歯男に差し出した。
「頂いたお金は返します。ひとまずはこれで収めてください。今日はいい勝負が見れました。僕はそれで十分です」
俺がマスクの男の行動に驚いていると、マスクの男は俺の方に振り向いた。
「ギャンブルに一番必要なのは度胸です。その点で百万を張った君の選択は見事でした。しかし、残念ながら君は麻雀に向いていない。せこせこした賭け麻雀なんかもうやめて何か新しい事を始めてください」
「麻雀で飯食ってるあんたに言われても何の説得力もないな」
最後に目尻だけで笑ってみせるとマスクの男はみん荘を出ていった。その場にいたものたちはしばらく黙ってその場に残っていたが、金歯男が愚痴をこぼしながらみん荘を後にしてからはその他の男たちもぞろぞろとみん荘から出ていった。一人残された俺はポケットから携帯を取り出す。
数コール後に母が電話に出た。
「もしもし、母さん?」
「大輝?どうしたの急に」
「悠馬、見た?」
「うん今見てたわよ!す」
「すごいよな、悠馬は」
「ええ・・・そうね」
「俺さ、もっと頑張るわ」
「頑張るって、何を?」
「わからないけど、頑張るよ」
「・・・わかった。頑張ってね。応援してるから」
「ありがとう」
電話を切った俺は、いつか悠馬に飯をおごってやれるくらいの人間になってやるという根拠もない漠然とした、しかし確かな決意を胸にみん荘から外へ出た。
十一月の夜の街は笑ってしまうくらい寒かった。
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