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こうして私はバツイチに…③「退職、転職、転勤」

はじめに

どうもふくすけ(@namiuchigiwade)です。

今回は「こうして私はバツイチに…」シリーズのパート3になる。

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この話しは妻の『不倫』をきっかけに離婚した私の実体験である。

2008年6月頃は仕事をしながら転職活動をしていた。

当時の世の中はその3ヶ月後の2008年9月に起こるリーマンショックにより、

本格的な就職氷河期に突入することになる。

その直前で採用されていた私は運が良かったように思う。

この時の私はシホ(仮名)と結婚したい。

シホ(仮名)を幸せにしたい。

そのためなら好きな仕事辞めてでもなんでもする。

という一心で葛藤しつつもここまで決断できた。

バツイチになった今なら絶対しない決断だった。

まさに恋は盲目。

自分が怖い。

今後このような状況に置かれても、

まずは自分のキャリアや今あるスキルをちゃんと鑑みて決断していかないと、

後々とても後悔すると痛感した。

では続きをどうぞ。

退職届提出!すると…

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お義母さんに結婚を認められ、

転職先も決まったため、

いよいよ職場へ退職届を出す時が来た。

施設長にはあらかじめ退職の意を伝えていたが、

やはり一縷の望みはあったようで、

実際に届を出す際に言われたのが、

「正直結婚して辞めるなんてねぇ。

こっちはシホ(仮名)さんだって異動でいなくなるのに、

なんでまた君まで辞めるかねぇ。

本当家庭の事情とは言え踏んだり蹴ったりやわ。

君には本当に失望したわ。

ここに2度と来んなよ」

…。

…。

とてもやるせない気持ちになってしまった。

言い方が多少きつくはあれど、

たしかに施設長が仰ることはもっともだと感じた。

私が仮に逆の立場だったらかなり腹立っていたと思う。

職場恋愛原則禁止の職場で恋愛して結婚して2人ともいなくなるのである。

「本当にすみませんでした。

本当にすみませんでした」

私は何度も何度も謝罪した。

施設長に限らず、

この職場の職員、

入居者様1人1人土下座して謝りたいぐらいだった。

仕事ってなんやろう。

結婚ってなんやろう。

幸せってなんやろう。

この頃はずっと自問していた。

7月31日付けで退職ー。

正式に決まり職場の更衣室に貼り出される頃には、

きっと考え過ぎかもしれないが、

あれだけ仲が良いと思ってたみんなからの視線や言動が一変した気がして、

ただただ怖かった。

だが、原因は全て私にあった。

本当は介護の仕事を続けたかったが、

お義母さんやシホ(仮名)に転職を促され、

いやいやながらも転職した。

正直2人を恨みたくもなったが結局決断したのは私。

実際就職活動も始めたのも私だ。

これは自分自身で起こした問題だ。

人のせいにしてはいけないし、

耐えなくてはいけない。

そう思い残りの期間を過ごした。

「自分が悪い。

みんなに何を言われても耐えろ。

がんばれ。がんばれおれ」

これさえ乗り越えたら8月からは新しい職場だ。

場所は関空(関西国際空港)だ。

気持ちを新たにがんばっていこうと誓った。

この時2008年7月。

離婚まであと7年と11ヶ月…。

結婚してすぐに転勤?

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退職事例が発表される頃、

7月最初の公休日に私は関空にいた。

新しい職場の制服の採寸合わせのためだ。

そこで面接をしてくれた人から衝撃的なことを言われる。

「ごめん。

今回事業を拡大したんやけど、

来年(2009年)の4月に成田(空港)も事業拡大すんねん。

だからふくすけくんも来年の4月になったらしばらく成田空港に行ってくれへん?」

…。

…へ?

私たちの結婚式は来年の2月にする予定だ。

その2ヶ月後に単身赴任?

いきなり過ぎないか??

「えっ?

何の話しですか?」

頭を整理するために再度聞いてみる。

「いや、

だから1年も居なくていいけど、

半年ぐらい成田空港のヘルプに行って欲しいねん。

寮があるから家とかの心配はしなくていいから」

…いや、

急遽決まったかもしれないが、

成田空港にヘルプって面接では一言も言ってなかったような。

え、どうしたらいいの?

…。

頭が真っ白になってしまった。

…これシホ(仮名)やお義母さんになんて話せばいいんだ?

「わかりました。

ありがとうございました」

私は足早に関空を後にする。

シホ(仮名)はこの日夜勤明けだった。

今なら家にいるはずだ。

「シホ(仮名)。

これから相談したいことがあるんやけどいい?」

シホ(仮名)に電話し、

私は急ぎその足でシホ(仮名)の家へと向かった。

この時2008年7月。

離婚まであと7年と11ヶ月…。

えっ?成田行っていいの??

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シホ(仮名)の家に着いた私は、

今日会社に言われたことを説明した。

シホ(仮名)とお義母さんは「ふーん」、「へぇー」と相槌を打ちながら話しを聞いていた。

お義母さんは驚きつつも、

「まぁ、会社の都合やししゃあないんじゃない?

うちのお父さん(夫)だって単身赴任したことあるし。

なぁシホ(仮名)」

…お?

お義母さんは意外と肯定的な反応。

シホ(仮名)も納得した表情で、

「まぁ7月で今の職場辞めるのにここからまた就職活動しても大変やと思うからしゃあないやんね。

でも単身赴任するぐらいなら私も行こうかなぁ。

成田に」

シホ(仮名)も肯定的な反応だった。

しかも成田に来てくれるということだった。

シホ(仮名)は私と結婚するから職場を異動することになったのに、

更に辞めて成田に行くことになる。

とても申し訳ない気がした。

「シホ(仮名)がええんやったら2人で成田行ったらええやん。

ちょっとの間やもんね」

お義母さんもうんうんとうなずいてくださる。

私はその言葉に心底ほっとした。

2人が今の私の給与に不満があり、

今回この航空会社に転職するのだ。

ここでまた2人が納得いかなかったらもう一度就職活動をしなくてはいけない。

たかだか1ヶ月そこらではあったが、

もう就職活動するのが億劫だった。

とてもめんどくさかった。

私がやりたかった介護業界はNG。

そこ以外で給与が高めのところを探すのだ。

わがままかもしれないが、

正直どれもやりたい仕事ではないからモチベーションが上がらなかった。

「ありがとうございます!

8月から精一杯やります!!」

これで就職活動から解放された私は8月から関空で働くことになった。

シホ(仮名)と同棲しようとシホ(仮名)のご両親にご挨拶に伺ったのが2008年1月。

あれから半年で結婚、転職と私の人生が大きく動いた。

さらに2009年2月に結婚式を挙げ、

4月に成田へ引っ越し。

展開が早すぎて当時は頭も身体もついて行けてなかった。

ー次回ー

ふくすけ「はい。

構いませんよ。

どうぞどうぞ」

この時2008年7月。

離婚まであと7年と11ヶ月…。

続く

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