卵とじそばという絶景。それは菜の花畑と富士山のよう。
春はあけぼの、そして卵。
わたしは春に食べる卵が一番おいしいと感じる。
実際、卵の旬は春らしい。
「春 卵 旬」で検索すると、「鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)」なんて言葉を見つけた。気象や植物の変化を示す七十二候の言葉で、春の訪れを感じた鶏が卵を産み始める頃を意味するそう。自然な状態の鶏は、日照時間が長くなるにつれて産卵率が上がるため、春から夏にかけてたくさん産むという。
スーパーで買う無精卵を食べていても、春は卵の季節だと感じていたのは、雑誌の影響もあるかもしれない。
食いしん坊のための月刊誌「dancyu」5月号の特集テーマは、卵。どのページを見てもおいしそうな卵料理が出てくる。中でも、ある一枚の写真に見入ってしまった。
被写体の名は、「卵とじそば」。
椀を覆うふわふわの卵から、箸につままれたそばがヌッと顔を出している。半熟に近いという卵には細かな気泡があり、その一つ一つが小さな光をたたえている。「沸騰したかけ汁を混ぜて渦をつくり、溶きたまごを細く流していく」という卵とじの黄金色の糸。
あぁ、まぶしい。その繊細さに見惚れた。
絶景だなあ。
わたしにとって、ふわふわの卵とじから顔を出すそばは、菜の花畑の向こうに富士山が見えている景色と同じ。おいしそうな一皿は、絶景なのだ。旬の食材のおいしさを最小限の手わざで最高潮に高めた一皿には、イメージを喚起させる壮大な余白があるのだと思う。
「山と渓谷」を読むような気分で「dancyu」を読み終え、むくむくとふくらむ思いは「食べたい」よりも「あぁ、その景色を見てみたい」の方が近い。
この10連休もいわゆる旅行の予定はないけれど、行ってみたかったお店で食事するだけで旅気分。器の上に広がる春の絶景を味わうつもり。
◉文中の「卵とじそば」は「手打ちそば 吟」(東京都小平市)の料理です。