【一日】一日の暮らしを描く時間の過ごし方 2/6
1/26から続いている毎日記録です。
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ローズティーは元々、一回淹れて終わりではなく、2回、3回と淹れられるらしい。
昨日一回しか使ってないから、
今朝もこの時間に飲むことにした。
2回目でも、しっかりお茶は出た。
メモ紙ではなく、厚小型手帳に一日のやることをやる順番に、やる時間帯をイメージして書き始めて、今日で8日目だ。
昨日雪の中たくさん歩いたせいか、今朝は体がガチガチで肩こりからの頭痛…それを、日付と天気の横にメモった。すると、このただやることを書いただけの手帳が、日記帳になって来た。
ちなみに私は、夜も日記を付けている。
1ページに二日分書いたこの数ページを見ていると、「一日」を一日ずつ重ねて生きてることが分かる。「一日」が、数珠繋ぎの毎日じゃなくて、「一日」だということが分かる。
夜の日記だと、文章でバーっと書いてるから、そういう見え方はしなかった。シンプルにやることだけ書いてある姿がそう見せている。
するとページの上だけでなく、
人生観として、「一日を生きてる」イメージもほわっと膨らんだ。一日が描いた通り運ぶとは限らない、自分に明日があるとも限らない。だけど、思い描き、自分の望むように動く。あとは、この世の大きなうねりの中に身を置くだけだ。逆に、うねりの中に身を委ねることかできるためには、
自分の望むように動くこと。
そのために、一日の暮らしを描くのは、良い時間のように思う。
毎日この時間を取ることが、こんな恩恵をくれるなんて、それこそ、全く描いた通りではなかった。