【活動レポ初回】浪江町の空き家を改修しました!
はじめまして!
私たちは、3.11の記憶を残す空き家を整備し、コミュニティスペースをつくるユニット『浪江「あの日」の家改修設計チーム』です。
今年の6月から8月にかけて、メンバー全員で協力して空き家を改修し、8月初旬に無事「拠点びらき」を迎えることができました。
このNoteでは、私たちのこれまでの活動をレポートする連載を行っていきます。ぜひお読みいただけると嬉しいです。
今回は、【私たちの活動と経緯の概要】について、皆さんにご紹介できればと思っています!
執筆を担当するのは、代表の冨井(とみい)です。よろしくお願いします!
私たちについて
私たちはおもに、東京大学大学院で建築・まちづくりを専攻する学生で構成されています。
福島県出身で、建築の歴史を専攻しているわたくし冨井が、仲間を募集して、昨年設立しました。
ひとくちに「建築」と言っても、メンバーの得意とする領域はバラエティに富んでいます。建築・都市デザインを専門とする学生もいれば、構造や、歴史や、建設プロセスを学ぶ学生もいる…といったようすです。
活動の目的は、福島県浪江町のある一つの空き家を改修し、
① 「3.11の記憶」を空間ごと残して未来に継承すること
② まちの研究者と町民の交わるコミュニティスペースをつくること
です。
今年の夏に第一弾の改修を行いました。
小さな町「なみえ」と、大きなダイナミズム
皆さんは「浪江町」をご存知でしょうか。
福島県の「浜通り」という海沿いの地域にあり、住みたい田舎ランキング2024総合部門(※)で1位を獲得した、とても活気のある町です。
太麺で美味しい焼きそばが有名です。
※全国人口1万人未満の町の部、宝島社
この浪江町は、2011年に発生した東日本大震災で全町避難を経験したものの、町の中心部を含む一部が2017年に避難指示解除され、大きく復興を遂げている途上です。
ちょうど今月21日には駅前開発が起工式を迎えました。新しい町の姿へと急速に作り替えられています。
そんななか、私たちが着目しているのは「2つ」の動きです。
1つめは、「空き家の解体が急速に進んでいること」です。
避難指示解除にあたり、申請をすれば国費で解体ができたこともあって、町では建物の多くが解体されました。
現在は駅前のほとんどが空き地となっており、さらに駅前の開発が進めば、震災までの長い年月、そこに町の人々の「日常」があったことはますます想像しにくくなっていきます。
2つめは、「数多くの研究施設が作られ、まちに研究者が増えていること」です。
国内有数の水素工場「FH2R」(2020年稼働開始)、「ロボットテストフィールド」(2020年開所)、さらに昨年には、国主導の研究開発拠点「F-REI」が設立されました。
そのような流れを受け、町役場も「研究学園都市」を目指すための政策を打ち立てています。
ただ、研究者のほとんどは町外からの移住者や、首都圏からの通勤者です。これまで全く縁がなかったこの町に移住し、もとの住民との間でなかなかコミュニティが交わらない、という状況にあります。
また、町の方と話していても、どのような研究が行われているか知らない、というケースが多く存在することが分かります。
そんな国家規模のダイナミズムの片隅で、私たちが改修した空き家「あの日」の家はひっそりと存在していました。
この家に愛着を持っていたオーナーは、損傷が少ないこともあって壊すに壊せず、十数年ものあいだ、そのままにしていたのでした。
そんな静寂を保っていたこの家も、ターニングポイントを迎えます。
2023年、先述した研究施設「F-REI」が、このすぐ近くに設置されると決定したのです。
そこで私たちは、ここに残る3.11の記憶を保存・アーカイブし、それと同時に、近隣に住む研究者と町の住民が繋がることのできる施設にできないか、と考えました。
私たちの目指すこと
私たちチームのミッションは大きく3つ。
① この建物の価値を発信し、地域や社会に理解してもらうこと
② 一般住宅をコミュニティスペースへと整備をすること
③ 整備した空き家を活用のための軌道に乗せること
です。
Mission① プロジェクトの価値を発信
①に関しては、震災遺構は既にたくさん整備されていること、また改修する建物が一般住宅であることから、整備することの価値がなかなか理解されにくいという状況にありました。
しかし、3.11が多くの人々の普段の生活を奪ったという事実に対し、震災の記憶保存が真新しい建物、または公共建築における実践に偏っていることには問題があります。
昨年度の活動開始から価値の言語化と共有を進めた結果、今年度、(一財)ハウジングアンドコミュニティ財団「住まいとコミュニティづくり活動助成」をいただき、活動を実施できるようになりました。
Mission② 一般住宅をコミュニティスペースへ
②は建築を専攻する私たちにとって、もっとも力の入る課題です。
この空き家は小さな住宅街のなかにある、一般的な住宅であるため、大人数で集まって利用することや、研究者がプレゼンテーションを行ったりするためのキャパシティがありません。
また、そのような見た目から、訪問者が他人の家にお邪魔するような、一種の「入りにくさ」を感じてしまうのではないかという懸念がありました。
そこで私たちは、工事用足場を用いて、家の庭部分に人が集まることのできる場を広げ、巨大なウッドデッキのように住宅のリビングと接続しようと考えました。
使う際には、足場を使って布をかけることで、多少の雨風も除けることができます。また、外観としても一般住宅とは異なる雰囲気をまとわせることができます。
工事用の足場を使ったのは、安価であるというだけでなく「施工の容易さ」があったからです。私たちの使った「くさび足場」というものは、ハンマー一つで部品の付け外しが可能です。
設計・施工を行うのは、私たち、プロではなく学生です。この先使われていく中でどのような機能が必要になるか分からないなかで設計を行う、という性質上、専門的な技術のない素人でも空間づくりに関わることのできる設計にしようと考えました。
ほかにも設計で工夫した点は本当にたくさんありますが、それはこのあとの連載で、まだまだ書いていければと考えています!
先述したようにこの設計は、大学の先生方や町の皆さんの協力あって、今年の8月に完成を迎えることができました。
今後は、整備した空き家を今後使いやすくしていくためのアタッチメント・家具づくりなどを行っていきます。
Mission③ 活用のための軌道に乗せる
これは、第一段階の改修が達成した今、最重要課題として位置づけられています。
整備した空き家の管理・運営を行い、今後どのように活用していくのがよいか、町の方々と関係づくりを続けつつ、探っていきます。
(当面は、イベント会場として活用することを検討しています。)
今後は、近隣の研究機関「F-REI」での研究者を中心に構成され、わたくし冨井もメンバーの一員である「ふくしまつぎのまなび研究会」と連携しつつ、この研究団体の研究拠点・オフィスとしても使っていきたいとも考え、関係者の整理を進めているところです。
おわりに
ここまでつらつらと書いてきました。
私たち【浪江「あの日」の家改修設計チーム】の紹介
浪江町や空き家の置かれている状況
私たちの目指すミッション
おもに以上3つについて説明しましたが、私たちの活動の大枠を、少しでもお伝え出来たのなら嬉しいです!
福島県は、1万人あたりの学生数が最下位レベルとなっています。そんなこの県に、高校まで住んでいたわたくし冨井には、この地域でいかに「研究者」という存在が身近でないかよく分かります。
だからこそ、ここ数年での浪江町での変化というのは、元から住む人々や町自体にとって非常に大きな意味を持つものであると思うのです。
ただ、当の私たちも、浪江町の方々からすると「東京から来た研究者集団」です。
私たちが地元の方々と特に関わりもせず、ただやってきて空き家を改修してしまえば、それは私たちが着目した課題(=拠点が作られ研究者が来ても、町との交流が不足している状態)を、自分が反復して生み出してしまうのです。(まるでミイラ取りがミイラになったように、、?)
その難しい、ある意味繊細なチャレンジに対する工夫を、これから連載で続くワークショップやイベントのレポートなどで、読み取っていただけるとさいわいです。
またこれからの活動も、その点を十分考えながら続けていかねばと、この文章を書きながら思った次第です(自戒)。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
最後はまじめな話になってしまいましたが、このあとは、私たちが夏に企画したイベントのレポートが続きます。
次回も読んでいただけると嬉しいです!
ぜひ、お楽しみに ♪