聖地 バラナシへ #08 旅 インド①
海外最初の一人旅をインドに選んだ。これと言った理由はないが、あまりにもカオスで常識が通じなさそうなところに身を置きたかったからだ。
夜行列車でデリーからたしか11時間。遅延は30分しかなかった。案外、定時運行である。
宿はオートリキシャで近くまで行き、路地に案内される。路地は曲がりくねっていて、方向感覚見失うとすぐに迷子になる。犬はもちろん、牛もいて、路地にはあたらしい糞もいたる所にある。路地幅はわりと広くて歩きやすい。
宿は相変わらず日本人宿があったのでそこを取った。久々に安定してお湯の出る宿だ。屋上も洗濯干しまくりでインド感剥き出しである。
宿を出て路地を進むと、人通りの多い路地に出くわした。ここが路地のメインストリートらしく、オシャレカフェ(注:インド比)なんかもあって大変賑わっていることを宿の人から教えてくれた。カフェで狭い道を行き交う人を正面に見ながら食べたビリヤニは、ビリヤニのくせに辛かった。地味に胃にきやがる。
河沿いのガードを暇つぶしで歩いた。なんとなく時間が過ぎ日が沈むと、暗くなり始めたガンジス河にむかってお祈りが始まる。河沿いのガードほぼ全てでだ。
お祈りと言っても日本の仏教なんかと違って、時にはアップテンポな音楽に拍手が乗ったり、花びらを宙に舞い散らしたり。まるで祈りはお祭りみたいで、通り過ぎる人も観光客も本気で祈る人も、物を売る人も物を乞う人も、全ての人がこのガード(階段広場)の熱い空気を毎日共有している。そこにはサービスする人と客の境目なんてものはない。全員がここで生きることを共有する。そんな世界線を目の前にした。
それだけではない。バラナシは狭い路地ですら生活のメインになるし、人も犬も牛も猿も、物もゴミも、生も死も同じように共存するし、人には裏表も優劣もないのだ。貴賎なんて偶然でしかないし、それで見くびったり見くびられたり、気にしたりして生きるなんて、到底生きているとは言わないし、とても恥づべきことなんだろうと思わされた。よく、インド行くと世界観が変わるよ!というのはこの気づきのことなのかもしれない。
そんな美しさを共有しようとうきうきしてLINEを開くと、日本の「入るのが難しい!難関企業ランキング!」なんてニュース記事のサムネイルが出てきた。糞め、本当に馬鹿げてやがると思った。
生きるということのお手本はここ、聖地に流れていたようだ。
https://note.com/hiromi_okb/m/m1211e59e7743