新型コロナで会社が潰れかけたので転職したらまんがタイムきららのお姉さんキャラになっていた話 第7話
後輩に泣かれちゃう先輩の話
諸君。きらら先輩である。
ラノベのキャラに強制的に転生させられて二ヶ月。
私の日常がラノベの世界観に侵食されているのを感じる日々だ。
ソラちゃんはやはり魔女なんだな。間違いない。
前職時代にはあり得なかった事件が毎週のように起こるんだもんよ。
さて、今日は何の話をしようか。
みんなが期待してる百合の話がいいのかな?
正直、私は百合というもののツボがどこにあるのかあまりわかっていなくて、もしかしたら「こんなの百合じゃない」と怒る人がいるのかもしれないが、そこはそれ、タダで読めるんだから勘弁な。お金もらえるんだったらもうちょっと踏み込んでも良い(うそ)。
という予防線を張ったので、先日の出来事を書く。
くみちゃんにも猫課長にも秘密だが、最近のきらら先輩の毎日を潤しているのは間違いなく「あんスタ」である。帰宅したらメシ食ってシャワー浴びておもむろに「あんスタ」だ。もちろん配信の番組も欠かさず見てるよ。推しのイベントやスカウトが投下された日にはきらら先輩のテンションは七番目の天国までスペースXのロケットで吹き飛ばす勢いで上昇するわけだ。
しかしながら弊社はまもなく決算である。
我が総務部も決算に向けて総動員体制に……入っていないんだなこれが。
私は前職も経理だったから、決算期の経理がどんな惨状になるのかは比較的詳しい。身体が憶えているというか。定時上がりが基本だった(コロナでやられる前の)前職も、決算期だけは週六で毎日一〇時くらいまで残業であった。あのね、我が日本、請求書を紙で発行して捺印して郵送とかいつまでやってるつもりなんですかってことなんですよね。なんできらら先輩が前職で決算期に休日出勤までしていたのかって、紙の請求書を端末から入力しなくちゃいけなかったからですよ。
せめてpdfで送ってくれよ。電子インボイスならもっと良いぞ。
とにかく紙はもう要らないですから。
ああ、でも弊社も請求書なんて(当然)紙しか受け付けていないので、これは前職の例からして例によって大変なことになる。そう思っていたのだが、なんかね。のんびりしてるんですよね。くみちゃんが。
これはやばい。
日に日に背中の下の方がぞわぞわざわざわしてくるのがわかる。
何でかって?
この流れだと四月の後半は総務部で経理に関わっている人間(当然、私もだ)は丸ごと日付変わるまで残業まである。
それは困る。困るんだよ。
だって「あんスタ」の配信とかイベントとかどうするんだよ。え?
そんな緊張感が日々高まってきたので、思い切ってくみちゃんと話をしてみることにしたのだ。でも、本来のきらら先輩はビビりであるからして、くみちゃんに嫌われずにペースアップを促すにはどうしたら良いのかを考えた。考え抜いた。
でも、答えは出なかった!
元々陰キャのオタクなんだからしょうがない。
しょうがないので、またしてもソラちゃんに相談してしまった(笑) コミュ力のあるオタクの友人がいる便利さをしみじみ噛み締めつつ。
今回のソラちゃんは少しいじわるだった。私が事情を送信し終わると、しばらく間が空いてからこんな返信が返ってきた。
ま、結局は教えてくれたんだけどね。
「こういうときは先に謝っちゃうんですよ」
「出来ない先輩でごめんって謝るんですか?」
「違います。ごめんね、本当に申し訳ないんだけど私、アニメの録画溜まってて消化しなくちゃいけないから、ほんの少しだけ決算のスケジュール、巻かせて! お願い! ほんとごめん! とか」
「アニメの録画」
「あんスタって言ってわかってもらえない可能性を考慮して、多少、脚色を入れました」
「まだオタバレは先送りしたいので、先に謝ってから入るところだけいただきます」
「朗報をお待ちしています」
その後、風呂につかりながら一〇回くらいイメトレして寝て、翌朝もう一度気合いを入れて、私は出社したのさ。
ところがだね。くみちゃんが朝からなんか上の空なんだよね。仕事は昨日までよりテキパキとやってくれたので、スケジュールの遅れもかなり取り戻せはしたんだけど、何故か視線を感じるんですよ。くみちゃんからの。五回か六回、目が合ったかな。ふと気づくとこっちを見ているの。
なにこれ。
そんで、夕方になって私がお手洗いに立ったときね。
お手洗いから出てきたらくみちゃんが待ってたんです。廊下で。
で、なんだかうるうるした目で「いまちょっと話せますか」なんて言うから、きらら先輩は心臓ドキドキしつつも平静を装って、同じフロアにある休憩コーナーに連れてったのね。テーブルが三本置いてあって、椅子が並んでて、妙に高機能なコーヒーマシンと自販機がある部屋なんですけど。
そこの隅でくみちゃんが語ってくれたところによるとですね。
あ、安心してください。告白とかそんなんじゃないので。
語ってくれたところによるとですね。
我が総務部の人事担当のアラフォーのお姉さん、仮に人事姉と呼ぼうか。この人事姉はその名の通り人事専門で仕事をしている。そして同じように経理専門の経理姉もいる。年齢は人事姉と同じくらい(くみちゃんと私は総務課だが、人事も経理も総務もやる遊撃隊のような立場である)。
昨日の夕方、くみちゃんはこの人事姉に新しい仕事を一つ頼まれたのだという。何しろ新入社員の研修も動いているので、人事は人事で忙しいのだ。
一方で決算期だから経理の方も忙しく、今朝になって経理姉から決算の作業をもっと早く進めてくれと注意された。そこでくみちゃんが、昨日人事姉に頼まれた件があるので、という話をすると、それ断れないのとちょっときつく言われたらしい。
くみちゃんはいい子なので、こういう時に逆ギレしたり影で毒づいたりせず、全てを背負い込んでしまう。そして必要以上に自分を責めてしまうのだ。
「きらら先輩、私もうどうしたら良いかわからなくて」
と言いながら大粒の涙を流し始めてしまったくみちゃんを前にして、私は色々なことを考えていた。
これ、ソラちゃんに話したら早速小説のネタに採用されるだろうな、とか。
まんがタイムきららの連載漫画だったらここからどう展開するんだろうとか。
どう展開するんだろう? くみちゃんが私の胸の中で泣いたり、二人で見つめ合っちゃったりするんだろうか。
ちなみに、身長はくみちゃんの方が私より五センチくらい高いので、胸の中で泣かれるのは物理的に難しいものがあるのだが。
おっと、もちろん人事姉と経理姉にどう話をするかも考えたよ。といっても、私も新参者なので、「くみちゃんのところから溢れた分の仕事はこちらで巻き取るので、どうかここは一つ穏便に」くらいしか言えないんだけどさ。前職で踏まれたり蹴られたりしてきたきらら先輩は、まあまあ打たれ強い。
その足で人事姉と経理姉のところに行って、なんとかかんとか話を収めたのだ。
偉いぞ私。
なあに、「あんスタ」とくみちゃんのためならこれくらいはね。
ところが話はこれで終わらなかった。
翌朝出社してみると、みんな変な目で私をちら見してくるのだ。どうやら「昨日。休憩コーナーでくみちゃんをきらら先輩が泣かせていた」という目撃証言が出回ったらしい。
それについてはくみちゃんが猫課長に事情を話してくれたので、私がいじめたとか、私たちが百合だとかの話にはならないで済んだのだが。
それにしても、くみちゃんの後輩力の高さにはきらら先輩、やられっぱなしである。
あんな顔で眼の前で泣かれたら、頑張らないわけにはいかないではないか。
こうしてきらら先輩は、またしても先輩キャラを強化されてしまったのでした。
百合展開じゃなくてごめん。本当によくわからんのよね。百合好きな人たちのツボのありかが。
あ、そうそう、休憩コーナーにあるコーヒーマシンはこれです。
フランケ。たまたま大学の友人がこれの代理店で営業をやっているので、弊社に入社してフランケを発見した時には思わず写真撮ってラインで送ってしまいました。喜んでくれたぞ。