新型コロナで会社が潰れかけたので転職したらまんがタイムきららのお姉さんキャラになっていた話 第5話
もう後戻りできない圧倒的百合
諸君、久しぶりだ。
きらら先輩である。
ずいぶん間が空いてしまったが、きらら先輩は総務ウーマンなので三月は忙しいし、きらら先輩のふりをしてこれを書いているソラちゃんも経営者なので三月は忙しいのだ。
たしか「賢者のセックス」の後半でも、年度末でソラちゃんが忙しくて天ケ谷リクがレスられていじけるエピソードがあったのではないか。なお、今年度がどうだったかは聞いていない。
そうそう、「賢者のセックス」はnoteの創作大賞では予選落ちだったようだ。ソラちゃんは怒っているか落ち込んでいるか、どっちだろうとさり気なく天ケ谷リクに探りを入れたのだが(さすがに直接確かめる勇気は無いよ)、意外にも
「あ、忘れてた」
というまことにドライな反応だったという。
私はあの小説は名作だと思うのだが、やはりセックスをテーマにするなら鬼畜か外道か同性愛か、とにかく極振りでないと売りづらいのではないか。
そのうち紙の本にして一〇部くらい売るとも聞いたので、記念に1部買っておこうときらら先輩は思っている。
ネット上に無料で公開されているものは、無料で気軽に楽しめるのは良いのだが、無料であるだけに何の前触れもなくこの世から消えてしまうものなのだ、ということをきらら先輩は決して短くないオタク人生で学んだ。
ある日突然、お気に入りの動画が消える。
ある日突然、お気に入りのウェブ漫画が消える。
そして二度と楽しめない。そう思うとなおさら悲しくなってくる。
そのような経験を四回か五回繰り返したきらら先輩は、買えるものは買えるうちに買っておく方が良いという、当たり前のことを理解した。
「賢者のセックス」、一冊一五〇〇円+送料なら手元に置いておきたいよ私は。noteからだっていつ消えるかわからないからね。
そんなわけで一〇部のうち一部はきらら先輩が確保する予定なので、残りは九部である。いつまでも読めると思うな「賢者のセックス」。
さて、今日の前フリは終わり。
くみちゃんの話をしに来たのだよ私は。
先々週のことだ。
きらら先輩は有給を取った。理由? 最近ハマっているソシャゲのイベントが投下されるので、いち早くイベントを満喫したかったのだ。年度末でも大事なのはオタク生活である。ブレない私。
その翌日イベントの余韻に浸りながら会社に行ってみると、雰囲気がおかしかったのだよ。
まず、くみちゃんが暗い。
そしてくみちゃん以外のおじさんたちもどんよりと重い雰囲気を張り付かせている。
猫課長がわざわざくみちゃんの体調を確認しに来たりして。
何があったのか。
私以外の全員が何かを知っている。
なにこれ、もしかして私が有給取って「あんさんぶるスターズ」のイベントやってたのバレた? そんなにまずかったですか?
いや。待て。落ち着け。
仮に私が昨日一日中「あんスタ」やってたとしてもだよ。仮にじゃなくて本当にやってたんだけど。でも仕事中にやってたわけじゃないんだから、懲戒や制裁の対象じゃないよな。
ならば何故。何なのこの重い空気感。
きらら先輩やっぱり使えないから不採用になった?
いやいやいや。待て待て待て。試用期間は二月いっぱい。その後でちゃんと辞令ももらった。きらら先輩は本採用された! 間違いない!
とすると……
なんて私が考えていると、突然くみちゃんが泣き出して、そのまま早退してしまったのだ。
おかしい。絶対におかしい。コナンくんになったつもりで調べてみようか、いやさすがにコナンくんはレベルが高すぎるから歩美ちゃんをまずは目標に。
するまでもなく、猫課長が事情を教えてくれた。
要するにだ。
社内にB氏というおっさんがいる。B氏は年齢は五十代で、営業。
そして普段から態度が悪い。特に年下と女性を露骨に見下している。
そのB氏がくみちゃんのミスを必要以上に責めていたのが昨日の昼過ぎ。
くみちゃんは平謝りだったのだが、B氏がしつこかったので、周りにいる人たちもイライラし始めて、全体の雰囲気が悪くなった。それに耐えきれずにくみちゃんは昨日も泣いてしまった。
どう考えても悪いのはB氏で、猫課長もくみちゃんに「君は悪くないから」と何度も言ったらしいが、くみちゃんは私と違って普通のメンタルなので、まだダメージから回復出来ていなかったわけだ。
おのれB氏、許すまじ。
前職の私ならブチ切れてゴミ箱を蹴飛ばして食ってかかっていたところであるが(真似してはいけません)、今やスマートなデキ女キャラにキャラ変させられてしまったきらら先輩には出来ない芸当である。芸風が変わったからな。
とはいえ、キャラ変してまだ日が浅いので、ゴミ箱を蹴飛ばしたりロッカーの蓋を蹴飛ばしたりする以外のムーブをきらら先輩は思いつけず、こういうときはソラちゃんに聞いてみるべしと呟いてこっそりメッセージを送った。
返信は早かった。
「くみちゃんは寮に住んでるって言ってましたよね?」
「そうです。寮」
「寮は近所なんですか?」
「本社から歩いて五分です」
「そういうときは甘いものに限りますよ。帰りに甘いものを調達してくみちゃんに差し入れです。ケーキ屋さんや和菓子屋さんがあればベストですが、コンビニスイーツでも大丈夫です」
「それで復活してくれますかね?」
「friend in need is a friend indeedというフレーズがあります。困ったときに助けてくれる友達こそ本当の友達という意味ですが、私は別の解釈も出来ると思ってます。徹底的に凹んでいるときに傍にいてくれる人こそ本当に頼れる友達という意味です」
ソラちゃん、いきなり難しい話に持ち込んできた。
「喜怒哀楽の中で怒りと哀しみは厄介です。どちらもネガティブな感情なので、単なる知り合いであれば、そういう状態の人からは距離を置きます。怒りや哀しみが収まるまで待つわけですね。それは人間関係に波風を立てないための知恵です。でも、深い哀しみに沈んでいる人は、そのままではなかなか浮上出来ないことがあります。失恋した人が一ヶ月経っても二ヶ月経っても落ち込んだまま、みたいな」
そんなに引きずった経験は私は無いんですが。友達で半年引きずってた子はいた。
「そんな状態の人とコミュニケーションするのは、とてもエネルギーがいることです。だから、本当にその人のことを心配してくれている人だけが、そのハードルを越えて傍に来てくれます。大人になればなるほどそうなります」
なるほど。そうかもしれない。私も転職して強制キャラ変を食らったというのはあるけれど、面倒くさいいざこざには近づかないという知恵が付いたのも事実である。
「だから、今がチャンスなんです」
えっ?
「今日、くみちゃんにスイーツを届ければそれだけで好感度を爆稼ぎ! ボーナスステージですよ。これでくみちゃんを完全に取り込んでしまいましょう」
ソラちゃん、邪悪だ……。天ケ谷リクもこうやってソラちゃんに取り込まれたのだろうか。
ともかくだ。ソラちゃんの謎の理論に一理を感じてしまった私は、近所の和菓子屋で桜餅を買って、ちょっとした手紙を添えてくみちゃんに届けてあげることにした。
その手紙の内容はまあ、ああいうおっさんはどこにでもいるけど、所詮は小物だからスルーしておけばいずれ消えるよ、気にしないで、今度は私が守ってあげるからというようなやつだ。
「あんスタ」のイベントとバッティングしなければ、だけどね。
結果も記しておこう。
翌日、くみちゃんは大復活していた。
それだけではない。またあのキラキラした瞳で「きらら先輩、私、一生付いていきます!」まで言われてしまった。
一生……。
これが「圧倒的百合」というやつなのか。
私までソラちゃんの仕掛けた罠にはめられた気がするよ。全ての黒幕はソラちゃんなんじゃないか? まさかソラちゃんの会社が弊社のコンサルティングをしていたりしないだろうな。
そんなこんなで、きらら先輩はますます「頼れるデキ女の先輩」キャラが強化されてしまって、アタマを抱えながら新年度に突入することになった。
引き続き、応援よろしくお願いする。
第6話はパワポを作って褒められちゃう話だ(苦笑)