カーテン
ぼくの住んでいるアパートの部屋は南向きだ。ベランダの洗濯物はよく乾くし、日中は電気を点けなくていい。悪い点といえば夏が地獄みたいに暑いことだ。おまけに紫外線も強いので全身真っ黒になる。カレンダーはもう6月の半ば。ぼくと夏との開戦は秒読みだ。
「カーテンないじゃん」
ぼくの家に招いた友人は窓を見てそう言った。
「おれの家のカーテンは紫外線を80%カットしてくれるんだ。ニトリで買ったんだぜ」
「そうなんだ」
ぼくは借りた漫画を読みながらまるで興味がない風に言った。ぼくの言い方が気に入らなかったのか友達はぶっきらぼうに続けた。
「なんだよこっちがわざわざ心配して言ってやってんのにさ、第一家具もほとんど買ってあって、最近じゃコーヒーメイカーも買ったんだよな?まずカーテン買えよ」
たまに変に気付くところがある。ぼくは彼を適当になだめて「そんなのわかってるっての」そう心の中で呟いた。
コーヒーメイカーよりも優先すべき「カーテン」とは一体なんなのだろう。スマホで調べたり彼に尋ねたりすればすぐに判明するけれど、山より高いぼくのプライドがそれを許さなかった。これは推察する他にない。彼の話からすると、窓の近くで使用する紫外線をカットするものらしい。いわゆる日焼け止めクリーム以外に考えられない。ニトリでは日焼け止めクリームを「カーテン」という商標で販売しているのか。しかし彼に日焼け止めクリームを塗る習慣があっただろうか?ぼくが見てないだけで家ではこまめに塗ってるのかもしれない。
「カーテン毎日つかってるの?」
「当たり前だろ。一度つけたらなかなか取らないだろ」
日焼け止めクリームは塗ったら洗い流すものだと思っていたが、ニトリの「カーテン」はすぐれものらしい。
もううんざりだった。しばらくぼくと彼との攻防が続いたが、ぼくの鋭い質問もひらりとかわし「早くつけろ」の一点張り。わかった事といえば、彼はそのカーテンとやらをここ何年も洗い流したことがないということだ。ぼくはそんな不潔な人間を自分の家に招いてしまったのかと酷く後悔した。しかしながらすぐ耳元で夏の足音が聞こえていることも事実、地獄のようなあの日差しを遮るカーテンをぼくは気になって仕方なくなっていた。ぼくの気持ちを読み取ったかのように深いため息をついて彼は読んでいた漫画をパタリと閉じて言った。
「一緒に行ってもいいけど?」
「いや……ひとりで行けるよ」
彼はぼくに答えずに、おもむろにメジャーを借りて、窓の寸法を測り始めた。ぼくの家に来てこんなことをするひとは初めてだ。そしてぼくはニトリまで引きずられた。彼は何年も日焼け止めクリームを落としていないはずなのに、異臭はしなかった。
店内は人で賑わっていた。大塚家具では絶対に見られない光景だ。彼に連れられたエリアにはいくつもの長い布が天井からぶら下がっていて、舞台の幕開けを想起させた。
「ずいぶんと大きい布だね」
風が吹いていた。
前までは肌に当たる感触と吹き付ける音で気づいていた風に、今では揺れる布で気付くことができる。しかし青すぎるそれは少しこの部屋には合わなかっただろうか。いや機能性が一番か。ぼくはあの日店員の前で全てを話した。カーテンというものの存在を知らなかったことと、そして一人しかいない友人を不潔だと思ったこと。こころの広い彼は笑って許してくれたが、店員は物珍しそうに首を傾げてぼくを見ていた。
だがこうして日差しは遮られ、彼がまた遊びに来る日常が戻ってきてぼくはホッとしていた。
「ったく、今思い出してもお腹痛いよ」
「もう笑うなよ」
「まあまあ、ところで前から思ってたんだけど、この家ゴミ箱どこにある?」