京大ロー 令和6年入試 再現答案 刑法
①問題・出題趣旨
②再現答案(第1問・2.5枚)
第1 乙の罪責
1. Aに対する傷害罪(204条)
自己の車のハンドルを右に切ってBの乗用車に衝突し、Aに重症を負わせた行為に傷害罪が成立しないか。
(1)かかる行為によりAの生理的機能を害しているから、「人の身体を傷害した」といえる。
故意(38条1項)とは、構成要件に該当する事実の認識・認容をいうところ、乙はハンドルを切る際に、自分やAが負傷するかもしれないと思っており、それでも構わないと思ってハンドルを切っていることから、Aを負傷させることにつき認識・認容があったといえ、未必の故意が認められる。
したがって、傷害罪の構成要件に該当する。
(2)もっとも、乙は前方に現れた甲を避けるためにかかる行為に及んでいることから、緊急避難(37条1項)が成立し、違法性が阻却されないか。
ブレーキをかけずにそのまま直進すれば甲は轢過されて死亡していたであろうことが確実に認められるため、甲という「他人の生命…に対する現在の危難」はある。また、上記行為はこれを「避けるため」になされている。
「やむを得ずにした行為」とは、危難を避けるためには当該避難行為をするより他に方法がなく、そのような行為に出たことが条理上肯定し得る場合をいう。
ブレーキをかけても停止できずに甲は轢過されて死亡していたであろうことが確実に認められていたため、左端を走っていた乙車がハンドルを右に切った行為の他に取るべき方法はなかった。また、甲を負傷ないし死亡させないため上記行為に及んだことは条理上肯定しうる。
したがって、「やむを得ずにした行為」といえる。
また、避けようとした害は甲の生命に対する侵害であり、生じた害はAに対する身体に対する侵害であるから、「生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった」といえる。
よって、緊急避難が成立し、違法性が阻却される。
(3)以上より、上記行為につきAに対する傷害罪は成立しない。
2. Bに対する傷害致死罪(205条)
自己の車のハンドルを右に切ってBの乗用車に衝突し、Bを死亡させた行為に傷害致死罪(205条)が成立しないか。
(1)かかる行為によりBの生理的機能を害し、死亡させているから「身体を傷害し、よって人を死亡させた」といえる。
もっとも、乙はハンドルを切る際にBの車両を認識することは不可能であったのであるから、Bに障害を負わせることを認識しておらず、故意があるといえないのではないか。
最高裁によれば、行為者が認識した事実と現実に発生した事実が必ずしも具体的に一致することを法は要求しておらず、両者が法定の構成要件の範囲内で符号していれば故意が認められる。
乙が認識したのはAに対する傷害であり、現実に発生したのはそれに加えて、Bに対する傷害により死亡した事実である。したがって、およそ人に対する認識は認められるため、傷害罪の故意は認められる。
傷害致死罪は傷害罪の結果的加重犯であるから、傷害罪の認識のみで良い。
したがって、傷害致死罪の構成要件に該当する。
(2)しかし、乙は主観的には緊急避難という適法な行為しか認識していない。また、乙は上記行為に及んだ際、甲を死亡させるかBを死亡させるかを選ばなければならない状況であり、いずれにせよ乙は人を死亡させる運命にあった。このような状況は乙によって作出されたものではなく、何ら帰責性のない乙に傷害致死罪の罪責を負わせることは不当である。したがって、乙は上記行為に及んだ際、規範の壁に直面しておらず、故意非難を向けることができないというべきであるから、いわゆる誤想防衛の一種として責任故意が阻却される。
(3)よって、上記行為に乙に対する傷害致死罪は成立しない。
第2 甲の罪責
歩行者の通行が禁止されてる高速道路に立ち入った行為に往来妨害罪(124条1項)が成立しないか。
1.高速道路は「陸路」にあたる。また、甲が高速道路に立ち入り、左側の路肩から道路を右方向に歩くことで、高速道路を通る車の通行が害される。したがって、「往来の妨害を生じさせた」といえる。なお、本罪は抽象的危険犯であるから、具体的に妨害状態を生じさせたことは不要である。
上記行為の認識はあるから、故意はある。
したがって、往来妨害罪の構成要件に該当する。
2.しかし、甲は認知症のため事物の理非善悪を弁識する能力を失っているため、「心神喪失者」(39条1項)にあたる。
3.したがって、責任が阻却され、甲に往来妨害罪は成立しない。
以上
③再現答案(第2問・4枚)
第1 甲の罪責
1. 宅地にBの抵当権設定登記を完了させた行為に横領罪が成立しないか(252条)。
(1)「占有」とは、物に対して事実上または法律上の支配力を有する状態をいう。甲は移転登記に必要な書類をAに手渡しているものの、Aは登記を完了しておらず、自らに登記名義がまだ残っている。したがって、宅地に対する法律上の支配力を有しているため、「自己の占有」にあたる。
(2)また、横領罪としての保護に値する実質が必要であるから、「他人の物」とは、契約が成立しただけでは足りず、引渡しや代金の支払いまでも必要である。甲はAに対して自己所有の宅地を3000万円で売却する契約をし、移転登記に必要な書類をAに渡し、代金3000万円を受け取っているため、宅地は「他人の物」となったといえる。
(3)「横領した」とは、他人物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意志を発現する一切の行為をいう。甲は抵当権設定登記をしているがこれは所有者でなければできないような処分である。したがって、「横領した」といえる。
(4)故意に欠けるところもない。
(5)よって、横領罪が成立する。
2. 上記行為に背任罪(247条1項)も成立しないか。
(1)背任罪の本質は本人の信任関係に違背して財産を侵害する点に求められるため、「事務」とは、代理権の濫用のみならず、事実行為・機械的行為をも含む。抵当権設定登記行為は事実行為であり機械的行為であるが、「事務」にあたる。
(2)また、契約の双方が互いに対向的な関係にある時は自己の事務にとどまる。この場合は背任罪としての保護に値する信任関係が存在しないからである。しかし、財産の実質的な処分権限が一方当事者に移転し、かつ、他方の当事者が財産を処分する形式的地位にある場合は「他人の事務」となる。この場合は両当事者は対外的な関係にあるといえ、信任関係が認められるからである。
甲は移転登記に必要な書類はAに手渡しており、自らに登記名義が未だ残存しているため、宅地の処分権限は実質的にはAに移転し、甲は宅地を処分する形式的地位にあるといえる。したがって、「他人の事務」を満たす。
(3)また、Aとの信任関係に違背して抵当権設定登記を完了させており、「任務に背く行為」は認められる。そして、かかる行為は自己とBの利益を図る目的であるから、図利加害目的は認められる。
(4)故意に欠けるところもない。
(5)よって、背任罪も成立する。
3. Bに嘘をついて1000万円を交付させた行為に詐欺罪(246条1項)が成立しないか。
(1)「人を欺いて」とは、①交付に向けた②事実を③偽ることをいう。Bが「あの土地はもう売れないって聞いたんだけど」ときいたのに対し、甲は「いやそんな話はないよ」といいながら、登記事項証明書を示してBを安心させているから、交付に向けた偽る行為自体は認められる(①③充足)。
(2)しかし、Bは1000万円の融資をした際に抵当権設定登記を受けていることから相当対価の給付があったといえ、財産上の損害がないように思えるから、「事実」とはどのような内容のものと理解すべきかが問題となる。
詐欺罪は財産罪であるから、「事実」とは交付の判断の基礎となる経済取引上の重要な事項に限定されると考える。
BにとってAは自ら経営する商店の重要取引先であり、Aの恨みを買って取引を打ち切られると、経営上の困難を招く恐れがあったため、甲に問いただしたのであるから、土地がAに売れたか否かは経済取引上の重要な事項であるといえる(②充足)。
したがって、「人を欺いて」を満たす。
1000万円をBの占有下からAの占有下に移転させており、「交付させた」といえる。
(3)故意、不法領得の意思に欠けるところもない。
(4)したがって、詐欺罪が成立する。
4. 宅地を売却した行為にAに対する横領罪が成立しないか。上記規範をもとにあてはめる。
(1)Aは登記を完了しておらず、甲の元に登記は残存していることから、法律上の支配は認められ、「自己の占有」にあたる。
また、上記のように宅地はAという「他人の物」である。乙への所有権移転登記を完了させる行為は所有者でなければできない処分であり、「横領した」といえる。
故意に欠けるところもない。
したがって、横領罪の構成要件に該当する。
(2)もっとも、かかる行為の違法性はすでにBに対する抵当権設定登記をした行為により評価されつくされており、不可罰的事後行為として横領罪は成立しないのではないか。
しかし、かように解すると、第1行為が公訴時効にかかった場合に行為者を処罰できなくなり、不都合な結論をもたらすから、第2行為は不可罰となるのではなく、第一行為の中で共に評価され、共に処罰されているにすぎないと考えるべきである。
(3)したがって、第2行為にも横領罪は成立する。
5. 4の行為に背任罪も成立しないか。上記規範をもとにあてはめる。
乙へ所有権移転登記を完了させており、機械的事務かつ事実行為であるが、「事務」といえる。また、宅地の処分権限はAにあり、甲は登記が残存しているため、形式的には処分しうる地位にあるといえ「他人」性も満たす。のみならず、かかる行為は「任務に背く行為」であり、図利加害目的も問題なく認められる。
故意に欠けるところもない。
したがって、背任罪も成立する。
6. 1.2については法条競合となり、より重い横領罪が成立する。4.5についても法条競合となり、より重い横領罪が成立する。そして、前述の通り、3は共罰的事後行為であるから、1に吸収される。
第2 乙の罪責
1. 第1の4の甲の行為につき、乙に横領罪の共同正犯が成立しないか。
乙は、問題文4段落の経緯の事情から、背信的悪意者である。背信的悪意者は自由競争の枠外であり、民法177条で保護されることはないため、本件の場合に民法と刑法でバッティングを起こすことはない。したがって、乙に横領罪の共同正犯が成立する可能性がある。
乙へ所有権移転登記をするための意思連絡、重要な役割、正犯意思も認められ、実行に移しているから、謀議によって犯罪を実行したといえる。
したがって、乙に横領罪の共同正犯が成立する。
2. 第1の5の甲の行為につき、背任罪の共同正犯も成立するか。
問題文4段落の乙の態様からすると、甲が融資に応じざるを得ない状況を利用し、積極的に加担しているため、この場合に背任罪で処罰することが経済取引への不当介入になるとはいえない。したがって、背任罪の意思連絡は認められる。乙に重要な役割、正犯意思も認められる。
したがって、背任罪の共同正犯も成立する。
以上