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三月上旬のくせに、校門横の桜は満開だった。白い看板に『〇〇高校卒業式』の黒い文字。最後のホームルームで担任が
「君らのために今年は早く咲いてくれたんじゃないかな」
と嬉しそうに言っていた。

枝が全く見えないほど満開の桜を見あげる。花びら一つ一つが全部同じ色をしている。光に透けて薄くもならないし、重なり合っているのに濃くもならない。べったりとしたピンク色。背景にある雲一つない空は、のっぺりとした青色。は心の中で呟く。
(きらいだなあ…)
「きれいだなあ」
斜め下から、彼女の声が聞こえる。首を曲げて見おろすと、彼女とユリナも桜を見あげていた。
「みんなで写真とろう」
桜から目線を少し低くして、彼女を見あげながら言う。細められてきらりと光る目と、ぐっと上がった頬。その満面の笑顔が、満開の桜より何千倍もきれいだと思った。

彼女、ユリナ、の並びで桜の前に立ち、彼女がスマホのカメラアプリを内カメに変える。はいつも通りに少し膝を曲げて、フレームに収まる。
「はい、チーズ!」
高校生活で何枚もとったスリーショット。すぐに写真をとりたがる彼女と、腕が長いくせにカメラを持つのが下手なは、たいていユリナをはさんで両端に写っていた。

「何食べに行こう、寿司?」
ユリナがそう言って歩き出す。
「マクドでもいいけど」
そう言って彼女がユリナの横に並ぶ。
「マクドは混んでそう…」
そう言いながらは二人の後ろを歩く。逆三角形のフォーメーション。の視界は、卒業式のために綺麗に編み込まれたユリナの髪と、いつも通りの彼女の黒髪。そして歩き慣れた駅までの道が、遠くまで見渡せた。

「大学行ったらなかなか会えなくなるなあ」
彼女が心から寂しそうに言う。顔は見えないが、きっと綺麗なかたちの眉がへの字を描いているだろう。
「春休みいっぱい遊ぼう!」
必死に聞こえないように注意を払って、は言う。そして心の中で(できれば、二人で)とつけ足した。

彼女と出会って恋心をひた隠しにした、幸せで苦しい高校生活を惜しむように、校門を振り返る。べったりとしたピンク色の桜と、のっぺりとした青色の空が、これが正しい美しさだ、と叫んでいるようだった。男と女が恋をする、それが正しい美しさだ、と。そんなことは知ってるんだ、と目を背けるように前を向く。楽しそうにユリナと喋りながら歩く彼女の頭のてっぺんを、腹にぐっと力をこめて、はじっと見つめた。

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