その写真
その写真は、彼女と、それを撮ってくれた友達のスマホの中に、まだ眠っているのかもしれない。
私は恋をしていなかった。皆がそう思っていた。私もそう言い続けていた。心の透きとおった人がその写真を見たら、きっと信じないだろう。
その写真に写る私の顔は、恋をしていた。橙色の夕陽を受けて、頬を桃色に染めて、蕩けた笑顔で写る私。隣に写る彼女に顔を寄せて、でもくすぐったくて寄せきれなくて、照れている私。
私の顔だけを切り取って、いろんな人に見せてまわったら、恋する乙女の笑顔と言うだろう。文化祭後に撮ったと言ったら、青春の1ページと言うだろう。
私は恋をしていなかった。私は彼女に恋をしてはいけなかった。私はその写真を、古くなったスマホとともに葬った。彼女が映ったたくさんの写真とともに葬った。
隠しとおしていた気持ちが、写りこんでしまった唯一の写真。その写真は、彼女と、それを撮ってくれた友達のスマホの中に、まだ眠っているのかもしれない。