バックホーム!! 【短編】
日差しの降り注ぐ地方球場のスタンドには、ちらほら人影が見える。
夏の暑さを思い出させるように日が照りつける、六月。まだ少ない蝉の声が微かに聞こえる。そんな甲子園の地方予選。
まだ地方予選の二回戦ということもあって、応援とかはほとんどないけれど、そんなことはグラウンドに立つ僕らにとっては関係なかった。
ただ汗を流しながら白球を追うことだけに、僕らは集中し、熱中していた。
プレイボールが宣告されてから、はや二時間。
試合前は汚れていなかったスパイクも、今は砂埃を被って、その色を変えている。
試合はロースコアのまま進み、とうとう9回の裏、相手チームの攻撃を迎えた。2対2。序盤に両チームが2点を取り合って、そのまま試合が進んでいる。
二死一塁。二つのアウトを取ってからフォアボールで出してしまったランナーが、真剣な面持ちで少し広めのリードをとっている。
マウンド上には、1と書かれたのゼッケンが見える。右手にボール。彼はそれを指先でいじってから、隠すように、左手にはめたグローブの中におさめた。
それを僕は斜め後ろから眺めていた。
一塁ベースと二塁ベースの間。定位置よりは少し深い、硬い土のうえ。
眼前のマウンド上の背番号1が、投球モーションに入る。
セットポジションから、左足をスライドさせ、素早く足をバッター方向へと踏み出す。
投げた!!
しなる腕、その指先からリリースされたボールは、キャッチャーの構えたミットを目指して進んでいく。
いや、少し狙いよりも高いか……!!
そのすぐ後、球場内に気持ちのいい金属が響いた。
球場のフェンスに何度も共鳴したように、その音が耳の中で幾度となく反響した。
打球は……!?
さっきまでホームベースに向かっていた白球は、無常にも跳ね返され、僕の遥か上を通過していった。
センターっ!!
打球を追う背番号8は、後ろ向きに走る。グローブをはめた腕を振って、足を目一杯に回転させて走る。
追いつけない
打球が、外野深くの芝生に落ちた。
一塁ランナーは、既に僕の近くを通り過ぎて、二塁ベースを優に回っている。
フェンスにまで達したボールにやっとセンターが追いついた。
中継!!
走るスピードがあまり落ちないまま、ランナーが三塁ベースを回った。
はやく────
センターから、僕のもとにノーバンの返球が届いた。
使い古して柔らかくなったグローブが、ボールの勢いでしなる。
ボールを左手から右手へ。
間に合え─────
キャッチャーが中腰で、こちらをじっと見据えている。
そのキャッチャーが構えるミットを目掛けて、僕は、腕を、目一杯振るった。
僕の指先から放たれたボールは、硬い土に影を落としながら真っ直ぐ進んでいく。
時間が、ひどく遅く流れているように感じた。
周りの雑音が、シャットアウトされて、その白いボールだけに、全ての集中が向いた。
ボールの縫い目まではっきりと見える。
ランナーが、ホームを一点に見つめる僕の視界に入った。
ランナーが白いホームベースに滑り込む。
土煙が舞う。
相手ベンチからとぶヤジとか声援とか、そんな音は聞こえずに、ザザッという音だけが、鋭く僕の耳に響いた。
それから少しして、次はミットにボールが届く音。
こちらは、音が鈍い。
直後、甲高いサイレンが短く、球場全体に鳴り響いた。
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