私立ノーミス小学校
久しぶりに実家を訪れたときのことだ。自分が学生時代使っていた学習机の引き出しに、懐かしいものが眠っているのを見つけた。
小学校の卒業証書だ。ウエハースで作られたその証書には、『私立ノーミス小学校』と焼き印がされていた。
◆
私は6年間、私立ノーミス小学校(通称:ノー校)に通っていた。蒲郡市にある小学校だ。
創立者は仁藤月餅。
ネットで検索しても美味しそうな月餅しかヒットしない、得体のしれない謎の男。
しかし、そいつが『ノーミス』にこだわっていたことだけは確かだ。
教育目標に『ノーミス、命たれ』を掲げる我が校は、遅刻や授業中の間違い、大きな音をたてる──などの「ミス」を犯すと厳しい罰が待っていた。
主な罰としては、
・バットケツ
バットをケツで思いっきり叩く。
・トンボがけの刑
背中にトンボをかけられる。
・砂利食べ
砂利を食べさせられる。
罰はそれぞれランク分けされており、
E、D、C、B、A、S、SS、SSS、Z、ZZ、ZZZ
と、妖怪ウォッチぷにぷにと同じランクの分け方だった。
ちなみに、先述した3つの罰はすべてBランクである。
私の通っていた6年間で、たった一度だけ、Zランクの罰が執行されたことがある。
私が小学四年生の頃だ。
私の一つ上の学年には、「ぐっぴょん」というあだ名で呼ばれていた生徒がいた。
キッズgooのキャラクターと同じあだ名を持つ彼は、その可愛らしい名に反して性格は狂暴そのものだった。常に不満そうに口をとがらせ、周囲を睨みつけていた彼を、生徒はみな恐れていた。
ある日、そんな彼が校長室に連行されたという噂が流れた。
なんでも、廊下を歩いていた際、曲がり角で校長先生とぶつかったのだとか。
「ぐっぴょん、大丈夫かなぁ」
「大丈夫だよ。アイツの母ちゃん、市議会議員に立候補するタイプの行動力の持ち主だし」
そんな会話をしていた最中。突如として、学校中のスピーカーから「幽閉サテライトの『色は匂へど散りぬるを』」が流れ出した。
クラスの皆は困惑していたが、私だけは(東方の曲だ……!)と内心ウキウキしていた。
その放送が流れている間、ぐっぴょんが道徳の教科書でタコ殴りにされているとはつゆ知らず……
あれ以来、ぐっぴょんの姿は見ていない。
生徒数は全体で400人程度。内、300人が一年生である。
冷静な判断ができる家庭であれば転校すべきなのだが、我が家は逆張りでそのまま6年間通った。
ちなみに、我が家は逆にクレヨンしんちゃんしか見ることを許されていなかった。
卒業生には、
・女性がトイレに行くことを「お花を摘みに行く」と初めて言い換えた料理人──凪風 弥生
・初めて「小川」という名字の表札を解読した日本語学者──上笠 士郎
・歯のサブスクを始めたヴァイオリニスト──カオリカ・ラズベリー
などがいる。
ノー校の行事で思い出に残っているのは、運動会である。我が校の運動会では、オリジナリティあふれる様々な競技が行われる。
・煮え湯コースター
煮え湯の上を裸足で走る。
・デカ跳び箱
4段の跳び箱を跳ぶときに、信じられないほどの大きな声を出し、その声が一番に大きい人が勝ち。
・ワンピ速読
ONE PIECEの「アラバスタ編」から「ドレスローザ編」までをどれだけ速く読めるかを競う。(妨害あり)
トリを飾るのは6年生による綱引きだが、私が六年生になった年は私含めて6年生は2人のみだったし、もう1人は、異常に体の発達していた『鬼』という生徒だったため、ワンサイドゲームであった。
ちなみに一年生は組体操をやらされるのだが、そこそこデカ目なピラミッドを完成させて、毎年ギネス記録を更新していた。最終的に校長のラリアットで全てを崩すまでが恒例行事だ。
今思うと、ノーミス小学校だからこそ、ピラミッドを毎回成功させていたのだろうか。
もし失敗していたらどうなっていたのか。
2014年に廃校となってしまった今では闇の中だ。
ノー校のメリットといえば、卒業式が短いことと、校内に石のチョコの自販機があることくらいだろう。
「来賓の方のご挨拶ですが、椅子が足りないので全員に帰ってもらいました」そう校長が告げたときは生徒全員喜び、ガンフィンガーを掲げていた。
卒業式は私と『鬼』の名前が呼ばれ、二人同時に卒業証書が渡された。6分で終わった。
その後は余韻に浸る暇もなく、すぐに帰った。晩御飯がくら寿司だったからだ。
あのとき『鬼』は私に何かを言おうとしていたようだが、今となってはもう。
◆
そのときの卒業証書がこのウエハースである。表面に印字された「私立ノーミス小学校」という文字はあの6年間が夢や幻でなかったことの証明だ。
母が低気圧に対し、「足、気持ちいいわー」と「頭痛い」の逆張りをしているのを聞き流しつつ、私は物思いにふけっていた。
裏返すと、『2009年卒業生 鬼』と書かれていた。どうやら間違えて渡されていたらしい。ということは、『鬼』はこのことに気づいて、声をかけようとしてくれていたのか。
ミス、している。