『冬至の晩と黒い服』創作話

こんな晩
冬至の晩、お外には怪しい者達が彷徨い歩く。悪い心の者を連れ去る鬼達も舌なめずりをして彷徨う。鬼はカーテンの隙間やドアの隙間から覗いて声をかけたり長い舌を滑り込ませたり、壁を引っ掻いたりして家の周りを彷徨う。

だから皆、この日は早くに帰宅して家の中に籠る。
「目を合わせてはいけない!耳を貸してはいけない!息をひそめて!」皆、窓から離れて身を寄せて過ごす。そうしている内に鬼の足音はいつもなら消えるのだけど、今宵は家の周りをなかなか離れない。風の無い静かな晩。鬼の足音だけが聞こえる。

私は前夜からある曰く付きの黒いワンピースを洗濯して外に干していた。そのワンピースは醜い心の人から嫌な経緯で手元に来てしまった服。そして長年色々な人の汗と皮脂が残留してなかなか汚れも匂いも取れないでいた。そんな経緯もあり蓄積された人の思念等も残留していたのだろう。沢山の悪意がしみついてしまった服。
鬼がなかなか離れないのはそのワンピースにひきつけられていたからだったのだ。黒々した色のワンピースは夜の闇に溶け込んでいて、鬼には臭いはするけどワンピースを見つけられず彷徨っていた。
私は外に干していた事を思い出しカーテンの隙間からそっと覗いてしまった。

鬼は窓のすぐそばまできていた。あたりを嗅ぎ回って唾液を垂らしながらシュルシュルと舌を動かしている。鬼は私の気配に気がついたのか窓のこちらを凝視しはじめた。その時
ふと、気まぐれに一陣の風が吹いた。ワンピースはひらりと踊るようにひるがえり、月明かりに照らされた生地の光沢でシルエットを浮き上がらせた。その様子はまるで力の無い死体が踊っているようだった。
鬼はさっとワンピースに近寄ると、目を爛々と輝かせてワンピースを掴み取り、悪い心の人間と思い込んで連れ去って行った。
私は恐ろしさとほっとした安堵の気持ちで気を失うように眠ってしまった。

翌朝、散歩に出かけると遠く離れた桜の大木に、ちぎれて細切れになった黒いワンピースの布達がぶら下がっていた。鬼によって凄惨に引き裂かれたその様子は朝日を浴びてまるで黒い血飛沫のようだった。

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