あまつむり
雨。ではない何かが降り落ちる。落ちるというよりは、落とされている。木に実った果実が振り落とされているように、傘に付いた雨露が、服に付いた小さな虫が払い落とされるように、そいつらは乱雑に落ちて来る。可笑しいのが、落ちて来ておいて、コンクリの隙間を流れて排水溝に向かうことなく、そこに居座っているのだ。その雨粒達は粘性があり、小さい粒同士が合体して、ここかしこで大小様々な雨粒が乱座している。
私の隣にある少し大きな雨粒が私の右足にぶつかる。弾けることはなく、軽い反動でゆっくり離れていく。転がりながら大きくなっていく雨粒を追って雨合羽を着た少年が道路に飛び出してしまった。危ない、と発し終える前に異常に気付き、ドラマの台詞のように語尾が消えていった。吉祥寺駅公園口を出てすぐの細い道路が雨粒で溢れていて、バスが中途半端な場所で停車している。事故が起きたという風ではなく、進めるが進んでいないという様子だった。何せ運転手が口をあんぐりと開けて、窓の外を眺め呆けていて、それは運転手に限らない。一日に十万人弱が利用する吉祥寺駅から這い出て来る帰宅ラッシュ真っ只中の武蔵野市民たち、その半数ほどがスマホを雨粒に向け、半数の半数が雨粒を眺めつつ避けて歩み、その他は各人自由に振る舞っていた。私のお気に入りは、何食わぬ顔で雨粒を抱え、ぽよぽよさせているサラリーマンだ。さてどうしようかと一考し始めた時、先の少年が道路で寝転んでいることに気付いた。正確には、先ほどの倍くらいまでに膨らんだ雨粒に身体をすっぽり入れ込み、膝を抱えるように、雨粒に包み込まれるように寝ていた。中は丸見えだけれど、さながらカタツムリだ。じっと眺めていると、胸が小さく動いていた。本当に寝ている。念の為にバスを確認すると、運転手はバスを降りて交通整備のおじさんと談話していた。キャッチのお兄さんも雨粒に座っている。少年は寝返りを打っている。喉元まで上がった無粋な突っ込みを呑み込んで、私も負けじと雨粒を集め始めた。数分後、邪魔になることにも気付かずに。