雑記(20230216)ーバルーン「花に風」が面白いー
写真:今日行った寄席(新宿末廣亭)
今日は時間がないのでかなり手短にしようと思う。
今日は久しぶりにバイト先の同僚の方たちと落語を観に行った。
講談で伯山という有名な方が急遽代役として出てきたのだが、話を聞いていると、その豪胆さの中にある繊細な筋のようなものが言葉の端々に垣間見え、特に面白かった。
確か、三両の入った財布を拾ったAが持ち主Bに財布を届けにいくのだが、Bが持ち前の「江戸っ子」根性で財布を受け取るのを拒否することから始まる騒動の物語であった。最後には大岡越前まで出てくる壮大な話だった笑
また、トリの柳雀という方の演技は格別だった。今回が初のトリらしい。二役演じる場面では本当に2人の人間が会話しているように見えるほど表情の切り替わりが早く、本当に驚かされた。
畳の上での観覧だったので少しお尻が痛かった……また、同僚の方との待ち合わせの時間を間違えて、遅刻してしまったのは本当に申し訳ない気持ちだった(今までで時間を間違えたのは初めてだった)。
観覧後に食事をしながらたくさん話もした。非常に楽しかった。
最近、バルーンさんの「花に風」という曲にのめり込んでいる。
曲はもちろんのこと、アボガド6さんの独特な映像にも引き込まれるものがある。ボカコレの時に聴いた「パメラ」とはまた異なる良さがあった。
解釈がわかるようで非常に難しい。映像だけであれば、登場人物(?)は「灰色の爪」の「緑色の爪」(そしておそらく初音ミク)の二項対立的な構図なのだろうか。なぜバルーンの独白歌のようで(「悩ましい心はどうして飼い慣らすことが難しい」「かしましい心はどうして飼い慣らすことが難しい」は作者の呟きにも思える)、初音ミクに(映像上でも)歌わせているのだろうか。終盤では手の動きに初音ミクが共振している様子もある。
ひとまず少ない時間で考えたのは、音楽を聴くことによる私たちの身体の共振のように、ボーカロイドと「私」の手は常に共振しているということなのだろうか。2分30秒以降の灰色の手の動きと初音ミクの歌唱の関係が最も象徴的な気がするのだが、掴めないところがある。明日の日記でもできれば少しずつ解釈を加えていければと思う。
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