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【身の上小噺】記憶喪失になったことがある

記憶喪失になったことありますか?

忘れもしない、あれは小学6年生の1月の話。

小4の3月に東日本大震災があり、しばらく学校に行くことが出来なかった。登校したのは5月頃。復興とは早いもので大人たちの凄さ、団結力を身に染みた瞬間でもあった。震災があったとはいえいつも通りの生活に戻っていた小学校だったが、明確に一つ違うことがあった。

体育館だ。
震災の影響だったか、元々改装予定だったのか覚えてないが小6の1月まで体育館が使えないことは事実だった。体育も空き教室でマット運動をしたり、全校集会も体育館に集まれないため放送形式にシフトしていた。学習発表会、卒業式などと言った体育館を使用する行事もせまーい空間を何とかやりくりしてこじんまり行なった。

そうして幾月が経ち体育館が使用できると先生から通達があった。そして、その体育館を一番最初に使えるのは当時小6だった俺たちだった。こうして俺たちは体育館の童貞(いや体育館目線は内側に入れられるから体育館処女か?)をブチ破ることとなった。

新しい体育館は綺麗そのものだった。外観はもちろんのことフローリングの光沢やバスケのゴールでさえ輝いていた。天井にバレーボールなんて見当たらない。

そんな体育館に大はしゃぎな俺たちは、先生の更なる粋な計らいで当時俺らの中で流行りまくっていたしっぽ取りをさせてくれた。しっぽ取りとは、ズボンの中に入れたビブスをしっぽのように出し、そのしっぽを取られたら負け、最後までしっぽを取られず残っていた人の勝ちというルールだ。

終始ハイテンションだったため時間はあっという間に過ぎて行った。そして保健室で目が覚めた。

保健室で目を覚ましたとき、頭痛がひどく、そして少しパニックになった。

あれ、さっきまでしっぽ取りしてなかったっけ・・・?

そんな記憶が微かにあるも何も思い出せなかった。自分の名前、先生の名前、親の顔と名前は憶えていた。ただ、どうして自分が保健室で寝ているのか、今日が何月何日かだけが思い出せなかった。何とも微妙な記憶喪失だ。ただ、その時は初めて思い出せない状況に至ったことでパニックになった。そして、記憶を無くして俺が最初に口にした言葉。

「冬休みは終わりましたか?」

自分でも冬休みの確認が一番最初なんだと今になって思うが、今日が何月何日か知るための最初の手段が冬休みだった。冬休みが近かったことは覚えている。ただ、冬休みの前か後かは分からなかった。時間感覚がないからワンチャン冬休みが終わってなかったらいいなとも思った。

保健の先生は、
「ふ、冬休み?冬休みは終わっちゃったけど、、、」
とビックリしながら言った。

そらそうよ。頭ぶつけた生徒が目覚めて最初の一言が冬休みの有無だ。さぞ呆気にとられたろうな。でも、俺は必死だったんだよ。冬休みはないのかとガッカリもしたが。

そして、担任の先生が来て、俺が頭をぶつけた経緯を聞かせてくれた。

何度目かのしっぽ取りのとき、俺は勢い余って友だちと頭と頭で衝突した。友だちは立ったままだったらしいが、俺は思いっきり吹き飛び光沢がかったフローリングに後頭部から落ちた。ものすごい音だったらしい。

当然担任が駆け寄るも、俺は、
「一人で保健室行けます。大丈夫なので続けてください。」
と言い、一人で保健室に向かったらしい。

俺、逞しすぎるわ。

保健室に入り、保健の先生には
「頭をぶつけたので少し寝かせて下さい。」
と伝え、こうなっているらしい。

俺が一番冷静だったのでは?

でも、起きたら少しパニック。その日は母親が学校に呼ばれ、その足で病院に行き診断を受けた。軽い脳震盪だった。

サッカーをしていたため、プロサッカー選手が脳震盪で倒れている映像も目にしたこともあり、「これがあの脳震盪か。軽く記憶無くなるんだな。」と一人納得してウキウキしていた。


体育館を使用できる一番最初の日に、一番最初に脳震盪を起こした俺。どうせ記憶喪失するならもうちょっと名前とか忘れていたかったなぁとも思った。



ってか、ここまでエピソードとして覚えていればもはや記憶喪失ではないような。

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