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怖い話をしてあげよう

夏だね。暑すぎる。俺がアイスなら溶けてしまいそうだ。アイスじゃないのに既にデロンデロンだ。

あぁ、そうだ。夏だから、お父さんが怖い話してあげようか。

それはね、夏は暑いから怖い話を聞いてちょっと肌寒いなーって思うことで夏を乗り切るんだよ。

大丈夫だって、そんなに怖くないから。もうすぐで10歳になるし、再来月にはお姉ちゃんになるんだよ。そろそろ怖い話は慣れておいてもいい年齢にだろうし、何よりお父さんが話したい鉄板話なんだから聞いてな。



これは俺が24歳のとき、お盆のころの話だ。まだお母さんと結婚していないときだ。

夏っぽいことをしよう

当時、お母さんとは付き合って二年が経とうとしていた。付き合ってから二回目の夏。今年も花火を見た、お祭りでチーズドッグも食べた、海も見た、山で自然も感じた。

夏ももうすぐ終わる。せっかくの夏だ、何かやり残したことはないか考えた。考えたら、まだやり残しがあった。

肝試しはどう?

あー確かに。夏っぽい。というか冬に肝試ししてる人を聞いたことがないからな。夏っぽい。

そうだね、肝試しをしよう。


二人ともホラーは好きな方で、付き合う前の最初のデートもホラー映画鑑賞だった。ホラーが好きという共通点が二人にとっては珍しく、とんとん拍子で関係が進展していった。

「ホラーはやっぱり日本ものが好きです。海外のホラーは驚かせるよりもグロさが目立って苦手なんですよね。」
「分かります、それ。不気味さから来る怖さっていうよりも殺されるっていう別の怖さな気がして。ホラーっちゃホラーなんですけどね。」
なんて話もしたかな。


そうだそうだ、肝試しの話だったね。

肝試しとはいったものの、二人でどうやってしたらいいのだろう。
パッと思いつく肝試しといえば、男女複数のグループで真夜中の神社に男女ペアになってお参りに行き、帰ってきたら交代で別のペアが行く・・・といういかにも青春な風景である。

思いついてしまったから仕方ない。今から呼べそうな男女ペアに電話をかけてみた。四組くらいかけてみた。全員お断りだった。肝試しはしたくないだと。

それはそうだ。肝試しなんて軽い心持ちでやったら本当に心霊現象を経験した、なんて話もある。怖い話をしたら幽霊を呼び寄せるという噂もある。それにお盆は死者が帰ってくると云われている期間だ。行きはキュウリに割り箸を刺して見立てた”ウマ”に乗って早く来てね、帰りはナスに割り箸を刺し見立てた”ウシ”に乗りゆっくり帰ってね、なんて風習があるくらいだ。俺の実家もつい昨日ウマを飾っていた。誤ってナスを置いたら全然来ねぇやんけ!とかなるのかと余計なことを考えていた。

とにかく誰も来ないから、肝試しは二人ですることになった。この時は二人で、これで肝試すのはどう?とか、あーそのシチュは怖いわーとか、廃病院とか行きたいけど近くにないよねーとか盛り上がっていた。

話し合いの結果、深夜の海に決まった。お盆に水辺に行くと引きずり込まれるという都市伝説があることを思い出したからだ。

「なんでウマに乗って来てるのに海で私たちを引きずり込もうとするんだろうね。」
「そういう人たちはそもそもウマに乗って来てないんじゃない?怨念としてずっと残っているんじゃないか。」
「それなら、海にウシ持って行ってあげようよ。全員これに乗せていけばもう引きずり込まれないだろうし。」
「インドの電車みたいになりそうだな。」

決まったが最後、俺たちの行動は早かった。ナスを買い、割り箸を刺し、晩御飯を食べ、すっかり暗くなった22時頃に車で近くの海に向かった。辺りの光は古びてチラチラする街灯とトイレの小屋の電気のみだった。

「来たはいいけど、何すればいいのか分かんないよね。」
「とりあえず水際に行ってみようか。ナスも持っていこう。」
「真っ暗でなーんにも楽しくないな。・・・あれ、小さい女の子がいる。」

嘘だろって思った。ありきたりすぎる展開だ。おかっぱ頭に白シャツに赤色のスカート。日本人形のようなキューピーのCMに出てくる”典型的な女の子”が水際で体育座りしていた。ホラー映画なら、ありきたりすぎて思わず笑ってしまうが、いざ、目の前にそのありきたりがあると足が竦む。

「話しかけてみる?こんな夜に女の子一人はかわいそうだよ。」

君もなんてありきたりなセリフを口にするのだ。そうして話しかけると何かされる、とかホラー映画のありきたりを知らないのか。それとも、そのありきたりが実体験出来ることに興奮しているのか。そんなことはどちらでもいい。仕方なくコクっと頷き、勇気を振り絞った。

「こんなところに一人でどうしたの。」

返事がない。ただ一点を見つめている。そんなに夜の海が幻想的なのか。

「お家はどこ?お父さん、お母さんはいないの?」

やっぱり返事がない。ただの屍のようだ。いや、幽霊だとしたらマジで屍なんだけどさ。んなこと考えている場合じゃない。とにかく恐ろしくて足が動かない。何をされるかたまったもんじゃない。早く帰ろう、そう思った。
目を見合わせたときの一瞬だった。

「あれ、いない。」
確かにそこにいたはずの女の子がいない。もう無理だと思った。いつの間にか持っていたはずのナスもどこかへ放っていたらしい。急いで車へ駆け込んで思いっきりアクセルを踏んだ。しかし全然動かない。すごく焦った。ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。

ドンドンドンドンドンドンドンドン!!!

動かない車の下から、車をずっと叩く音が社内を響き渡った...

「と、これがお父さんが10年前に経験した怖い話だ。その後は何とか帰ってきて、もう金輪際肝試しはやめようと思ったね。どうだ、少しは涼しくなっただろう。」

「・・・いてる?パパ、パパ!」




ピンポーン

「どうだ、少しは涼しくなっただろう。」
「ただいまー、パパーあつーい。ウチがアイスじゃなくてホントよかったー。ねぇパパもそう思うでしょ?聞いてる?パパ、パパ!」
「おおっ、おかえり。ん、あれ。ああ、そうか。今日はプールだったのか。プールはどうだった?」
「普通に楽しかったよ。それとずっと誰と話してるの。」

パパは「んー。」とだけ言い、少しな表情を浮かべていた。

「お母さん、お父さん変だよ。」
「変じゃないよ。お母さんね、お父さんと2人で夜の海にデートに行ったことがあるの。そのときから毎年お盆にああやって楽しそうにおしゃべりしてるのよ。」

そう言って、冷えた麦茶を人数分のコップを用意し注いだ。

「お母さん、一個多いよ。」
「何言ってるの。ちゃんとみんなの分あるじゃない。」

1,2,3,4....4人分。

「お母さん、やっぱり一個多いよ。」

ふと、仏壇に目をやると割り箸が刺されたナスがジッと佇んでいた。

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