【hirihiriインタビュー】hyperpop、futurebass、dariacore……気鋭クリエイターが語るネット音楽の最前線と「音割れ」論
(初出:2021.10.27)
連載企画【エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて】が今回よりスタート。この連載では、エレクトロニック・ミュージックシーンの先端で刺激的なサウンドを探求するアーティストにインタビューし、そのサウンド作りの心得やテクニックを明らかにしていく。
初回に登場してもらうのはhirihiri。パンデミック下に勃興した音楽シーン、hyperpop(ハイパーポップ)にいち早く反応し、過剰で暴走気味なポップネスを武器に活躍している。米ネットレーベルのDESKPOPやMaltine Recordsからのリリースを経て、自身の楽曲制作の他にもvalknee、Minchanbabyらのプロデュースを手掛けている。また、hirihiriの特徴的な「音割れベース」は2021年4月にメジャーデビューした4s4kiのデビューシングル『FAIRYTALE feat. Zheani』に採用されるなど、サウンドクリエイターからの注目を集めている。
今回はhirihiriが「音を割ってしまうまで」の経歴に焦点を当てつつ、hyperpopからdariacoreまで、濁流のようなインターネット・ミュージックの世界で起きていることを、一人の当事者の目線から語ってもらった。
レッチリから電子音楽にたどりつくまで
―どうして作曲を始めたのでしょうか?
高校の頃にベース・ギターを始めて、学校のジャズバンドに入って何曲か弾いていました。楽しいことは楽しかったんですけど、自分で曲を作ってみたい気持ちがあって。バンドのメンバーはそれぞれ趣味が違うし、一人でやれるように、いろんなDAWの体験版を試して……という経緯でした。
―hirihiriさんの初期のリリースは、チップチューンを使ったKawaii Future Bassという印象だったので、バンドがきっかけだったというのは意外です。当時はどんな音楽を聞いていましたか?
今も影響を受けていると思うのは、レッチリ(Red Hot Chili Peppers)です。音数の少なさとか、音作りとか、参考にしている部分は多いですね。
それから電子音に関心を持ったのは、Twitterのタイムラインによく流れてきたUjico*さんやTORIENAさん、YunomiさんなどのKawaii Future Bassでした。ゲーム音楽も好きだったので、futurebassやチップチューンを取り入れたバンド音楽を作ろうとしていて。
当時SoundCloudにアップしていた曲には“futurebass”のタグを付けていたんですけど、正直なところ、自分では「嘘だな」って思います(笑)。
―てっきり生え抜きのfuturebass出身者かと思っていました。
ちゃんと言うと、デジタル・フュージョンっていうジャンルがあって。電子音を使ってバンド・ミュージックを再現するような音楽性で、僕が2017年に作曲を始めてから2、3年はそのジャンルに近いことをやっていました。
よく聞いていたのはネットレーベルのDESKPOP周辺で、Maxo、Diveo、tv roomなどのアーティストを参考にしていました。
―hirihiriさんも2019年にDESKPOPからリリースしていますね。
あれは、「DESKPOPっぽい曲を作ったよ!」ってWIP(Work In Process:制作途中のもの)を動画にしてアップしたら、向こうのエゴサに引っかかったみたいで。リリースしませんか、と連絡をくれたんです。
当時は「作品」というより、DTMが趣味のフォロワーに向けて「作ったよ!」とアピールするくらいのノリだったので、拾ってもらえて嬉しかったですね。
とにかくデカい音に導かれ、hyperpopへ
―2020年には、Maltine Recordsからリリースされたhyperpopがテーマのコンピレーション・アルバム『???』に楽曲提供をしていますね。まず、どうしてhyperpopに関心を持ったのでしょうか?
いわゆるhyperpopのシーンのアーティストで最初に聞いたのは100 gecsです。もともと、曲なのか何なのかギリギリ分からないくらいの音楽が好きで、SoundCloudにいる無名のインディーズが作る、ノイジーな音楽をよく聞いていました。だから100 gecsを聞いた時には、「自分が好きなこの音楽って、ポップにしていいんだ!」という衝撃がありました。
音割れとか、人の叫び声みたいなデカい音って、心に響く強さがあるというか……。単純に気持ちいいというのはありますが、なんで関心を持ったかを言葉にするのは難しいですね。
―すごく身体的な部分で、惹かれるものがあったという感覚なんでしょうか。
hyperpopにハマる以前にも、futurebass周辺にいた、音がデカいというか、変な音楽を作る人たちが好きだったんですよね。XAVIとかJKuchとか、その辺りのネット系のアーティストって「ブワーーッ」みたいな変なサウンドを使うんです。その過剰さを面白いと思っていたし、今の自分と繋がっているところがあります。
それからhyperpopに近い曲を作ろうと思ったのは、FROMTHEHEARTの影響が大きいですね。
―futurebassとhyperpopの接続点に居合わせていたわけですね。ところで、hirihiriさんはhyperpopのアーティストと呼ばれることに否定的な発言もされていますが、それはどのような考えからなんでしょうか?
いやあ(笑)。雑にタグ付けするようにhyperpopと呼ばれたくない、という感じですかね……。自分の軸足がhyperpopにあるという感覚もないですし。
そもそも、いろんなジャンルとかムーブメントが合わさったシーンじゃないですか。100 gecsだって、ジャンルを断定できるようなものじゃないですよね。芯からhyperpopだといえる音楽ってないように思います。
―便宜的にhyperpopと呼ばれているアーティストでも、個々の参照元は全く散り散りですよね。
僕もバンドを始める前はカゲプロ(ボカロPのじんによる連作『カゲロウプロジェクト』)とかのボカロも聞いていたし、SkrillexとかAviciiとかのEDMも聞いていました。それからRed Hot Chili Peppersも、Kawaii Future Bassも、いろんな音楽が混ざり合っているのが、今の自分の音楽性だと思っています。
社会性のある“音割れ”のコツ
―具体的な制作について伺っていきます。hirihiriさんはAbleton Liveを使って作曲していますが、DAWはどのように選んだのでしょうか?
高校生でDTMを始めた時にはFL Studioを使っていました。DAWに関して何も分からなかったので、いろんなソフトの体験版を触っている中で、一番簡単に音が出せたという理由で選びました。
それから作曲配信を見たり、好きなアーティストが使っているDAWを調べていった中で、僕が好きな変な音を作りやすそうなもの、というのでAbleton Liveに転向しました。
ちなみにAbleton LiveだったらVirtual Riotの配信はおすすめです。EDM的な音だったり、ダブステップだったり、基本的なところの勉強になりました。
―hirihiriさん自身も作曲配信やpixiv FANBOXでのステムの配布など、DTM tipsを進んで公開していますね。
需要があるのかわからないけど、オリジナルにできているテクニックがあると思っているし、普通にDTMを始めた人はパッとたどりつけないような気がするので、隠すこともないし……という感じでやっています。
やっぱりアーティストから直接教えてもらうことが早いですよね。自分もYouTubeで配信を見て勉強したので、同じようにシェアできたらなと。
―ちなみに、上手な“音の割り方”のコツなどありますか?
基本はディストーションなどをかけて割って、ハイの帯域を増やすんですね。それだけだと耳が痛いようなキツい音になるので、空間系のプラグインを挿して、ディケイの短いリバーブやディレイをかけてあげると、痛い部分が削がれて音が和らぎます。もうこれだけで結構それっぽい音というか、いい感じの音割れができます。
―ただ単に尖らせるだけではダメなんですね。
インディーだったら全然いいと思うんですけど、あまりポップでなくなるんじゃないかなと(笑)。リバーブをかけることで社会性のあるミックスになります。
―あくまでポップを目指すなら、社会性を担保せよと(笑)。
もちろんプラグインによって変わるので、歪ませるのも、空間系をかけるのも、工夫次第で変わります。僕がよく使うのは、値段もお手頃で種類も豊富なAIR Reverbというプラグインです。
―ありがとうございます。hirihiriさんの制作工程はDAWに始まりDAWに終わるものだと思いますが、マスタリングなども自分で行っているんですか?
曲を作っている時点でできるだけ完成させるようにしているので、いわゆるマスタリングという工程に関しては、実はあんまりよく分かっていないんですよね。最後に音圧を調整するくらいはするのですが、人に依頼して客観性を得る、みたいなことはしたことがないです。
ある意味、マスタリングも社会性みたいなところがあると思うんですけど、ネットを中心に活動しているアーティストだとあまり意識していない人が多いかもしれませんね。
超ミーム的ムーブメント“dariacore”とは
―hyperpopにいち早く反応していたhirihiriさんですが、普段音楽はどのようにディグっていますか?
自分はあまり「こういう時に聞く音楽」みたいなものがあまりなくて。SoundCloudなどでとにかく新しい曲を探して、気に入ったら何回か聞いて、気になるシーンをまた掘って、の繰り返しですね。
そうすると聞く曲が偏るので、その時ハマっている曲しか作れなくなるんですよ。だから今はdariacoreしか作れないんですよね……(笑)。
―dariacore、実は今日ぜひ伺いたいと思っていたテーマの一つでした。hirihiriさんもdj twinturboという名義のサブアカウントで実践していますが、dariacoreとは一体何なのでしょうか?
僕も全容が分かるわけではないですが、すごくムーブメントとして面白いんですよね。
まず、dltzkというhyperpopの有名なアーティストがSoundCloudに作ったサブ垢があって。そのサブ垢が投稿する楽曲全てのジャケットに、dariaというアメリカのカートゥーン・アニメのキャラクターが写っていて、タグには「dariacore」って付けてあるんです。
アニメだったりゲームだったり、好きなキャラクターやテーマを選んで「◯◯core」と名付けることがミームになって、現在ムーブメント化しているという状況ですね。僕もツインターボというキャラでサブアカウントを作って「turbocore」をやっています。
―Sound Cloudを見ると、マイ・リトル・ポニーとかポケモンとか、いろんな「◯◯core」が乱立していますね。音楽としてはどんな特徴がありますか?
nightcoreやbootlegのようなサンプリング音楽が基本ではあるのですが、10代の人が多いからか、聞き慣れないめちゃくちゃなアレンジが入っていたり、その世代がナチュラルに聞いているhyperpopがサンプルになっていたりすることが多くて。なんというか、自分に合っている感じがするんですよね。
―こんなこと言うのも野暮ですけど、あらゆる方面にグレーなムーブメントですよね(笑)。
今後どうなっていくかは分からないですけど、dariacoreから派生してオリジナル曲を作っている人もいるみたいだし、とにかくミーム性が強いので、そう簡単には消えないだろうと思っていますけどね。ミームとしても、音楽としても好きなムーブメントなので、みんな作ってくれたらいいなと思います(笑)。
―今このシーンで注目しているアーティストはいますか?
breakchildというイスラエルのアーティストがいるんですけど、この人を知ったのも、yacaさんと作った「power」をサンプリングしてくれたからでした。めちゃくちゃ日本の曲が好きで“J daria”というものを作っているらしいです。僕がdj twinturboで作った曲に対して「J dariaじゃん」とコメントをくれたこともありました(笑)。
―インターネットの広大さを思い知ります……。最後になりますが、プロデュースにRemix、DJなど様々な活動をされる中、今後の展望などありますか?
編曲も好きだし、プロデュースも好きだし、bootlegを作るのも好きなんですが、なかなかオリジナル曲を作れていない状況なので、今はそこを頑張っていきたいなと思います。Dylan Bradyのようなバランス感覚でやっていくのが理想です。
―そうなると、dariacoreしか作れないモードから早く抜け出さないとですね……。
うーん、大丈夫かな……。
hirihiriプロフィール
1999年生、音を割ってしまう音楽プロデューサー。2019年よりパソコンを使った作曲を始める。valkneeへの楽曲提供でアメリカの音楽批評メディア『Pitchfork』から高い評価を受けるほか、yacaとの共作「power!」はSpotify公式プレイリスト「hyperpop」に選出された。lilbesh ramkoとのユニット・142clawzではヒップホップユースシーンで注目を集め、J-POPプロジェクト・PAS TASTAの一員としてもエッジの効いた音作りに取り組んでいる。
最近のプロデュース・ワーク
取材・文:namahoge
ツイッター(新:X)、ブログ、最近参考にしているウェブサイト