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ゴースト&レディ 2024/11/11 & 2024/8/30 配信観劇&通常観劇 ※賛&否あり注意!

さて、SNSでも観劇垢の間では話題だったと思います、11/10と11のゴースト&レディ配信!
例に漏れず自分も観ました!
今回はその前に幸運にも実際に観劇し、noteを始める前だったため記事を書いていなかった8/30の観劇記録とともに書いていきたいと思います。


ただすみません、今回は好きなところもいっぱい書きつつ自分に合わなかったところもそこそこ書いていくと思います。
ミュージカル素人なため言語化が下手だったりするかと思いますがご容赦ください。

作品紹介&感想

時は19世紀。舞台はイギリス。
ドルーリー・レーン劇場に現れたのは、有名なシアターゴースト グレイ。芝居をこよなく愛し、裏切りにあって命を落とした元決闘代理人。
そんなグレイのもとを一人の令嬢が訪ね、殺してほしいと懇願する。それは看護の道に強い使命感を抱くも、家族による職業への蔑みと反対にあって生きる意味を見失いかけていたフロー。最初は拒んだグレイだが、絶望の底まで落ちたら殺すという条件で彼女の願いを引き受ける。
死を覚悟したことでフローは信念をつらぬく決意をし、グレイとともにクリミアの野戦病院へ赴くことに。次第に絆を感じ始める2人だったが、そこで待っていたのは劣悪極まる環境と病院改革に奔走するフローを亡き者にしようと企む軍医の存在。さらにその傍らにはグレイと同じ、あるゴーストの姿が…。

公式 "Story"より

まぁもうベッショベショに泣きますよね。

まずもう原作がいい。
自分は申し訳ないながらこの漫画は読んでなかったんですが、今回の舞台化及び観劇を機に読みまして、もうそこで素晴らしいなと思いました。

で、そういう漫画の別メディア化って漫画が良ければ良いほど微妙じゃあないですか。
でもこの作品は評判がいい。
…観てみて納得しましたね。
特に「この舞台はグレイの作った『ミュージカル ゴーストアンドレディ』だ」って部分とサムシングフォーの「古いもの」。
もうなんかここだけで優勝だなと思いました。

後々調べて原作者の藤田和日郎先生もちゃんとチェックしてると知って納得です。
ラストを変えなくてありがとうございます。
あのラストとカテコの2人で完成されたと思ってます。

さてここからは具体的に書いていこう。

【賛】原作がいい

上にも書いたやんって?それはそう。

いやこういう漫画の何がいいって、1人の人間の生き様を徹底的に突き詰めているって点なんです。
もちろん実力のある漫画家さんに限られますし漫画以外でもちゃんと描けるものも多いですが、基本的に1人が物語を考える漫画に比べると多数の人が関わる媒体ってどうしてもブレが発生しやすいなって感じるんですよね。
規制や役者のイメージなんかのしがらみなど、そう言った「これはちょっと…」というセーブの積み重ねで少しずつ無難寄りになっているものをよく感じます。
もちろんそんなのを跳ね除けた名作もあるんですがね。

この漫画はそんなオブラートをだいぶ減らした(流石に商業誌で「なくした」とは言えませんが)剥き出しの藤田先生の力を見られるいい作品だと思います。
漫画の方を読んでない人、ぜひ見てくださいね!

【賛】曲の雰囲気がいい

全体通していい雰囲気なんですよね〜舞台になった19世紀イギリスのその世界観を感じられる感じがして。
個人的に「看護婦なんて」の入りのチェンバロと、終わりのネジが切れたぜんまい人形みたいな糸の切れた人形みたいな雰囲気出してる曲調好き。
その中でも一言言わなきゃ気が済まないフロー姉の「わがままねぇ」も含めて好き。
お前全然許してへんやん。

個人的に歌なしオーケストラだけサントラ欲しくなるんですが無理かな…無理だよな…そうだよな…。

【賛】役者がいい

いやさすが劇団四季が力を入れた新作オリジナル作品の初演キャスト。
特に主要キャストは本当に凄い実力の持ち主ばかりでしたね。

今回劇場で見た時と配信版でちょうど主要の4人が全員違うキャストで拝見できたので、覚えてる範囲でその辺触れてみようかな…でもな…2月前だから自信ないな…強く思ったことだけになるかと思いますがご容赦ください。

・フロー
書いててバランス悪って思ったけど人は初めて見たものについてくって言うよね。

①谷原志音さん
歌の時の高音の伸びがいいな!
いい意味で曲の難易度と歌の苦戦度が合ってないというか、当たり前のように楽々歌ってる。
この方のお名前を初めて知ったのアナ雪エルサだったんだけどこの声でのエルサを見てみたい。
あとフローの柔らかい部分を強く感じる演技でした。
フロー、特に初めは弱い部分と強い部分の温度差で風邪引くくらいのキャラだけどなんかその辺もスッと飲み込めた感じする。

②真瀬はるかさん
フローの強い部分担当。
いやそれは言い過ぎだけどwでも舞台版は漫画版に比べてちゃんと人間なんだけど(言い方)真瀬さんの雰囲気だったら漫画版そのままで行けた気がするなってくらいフローの芯を感じた記憶。
2階席だったしちゃんとした記憶はないけど絶対目力強かったと思うんだ。

あと「偽善者と呼ばれても」終わりのCDでカットされた部分、谷原さんは丸々慟哭って感じの演技だったけど真瀬さん確か最後の伸ばしが叫びから慟哭にシームレスに変わってって「なになになにどうした!?どういう喉してんの!!?あれ毎公演やってんの!!?!」ってびっくらこいた記憶がある。
あれのためにもう一回観たかったのに初観劇以降…見事にチケット取れなくなりやがって…ぜってぇ名古屋でも出てほしい…お願いします……

・グレイ
①萩原隆匡さん
かっこいい。好き。
いやもう漫画版のビジュを実写化したらこうだよねがそのまま感ある。
あと萩原さんグレイが戯ける系のシーン、おじさんが精一杯若者に合わせてはしゃいでる的萌えを感じてそれがとてもいいよ。
グレイの一度人生が終わった後の達観感を強く感じるキャストでした。
あとサントラでよく聴いてる声なんで水のように馴染む安心感。

②金本泰潤さん
かわいい。好き。(お前そればっかりか)
萩原さんのおちゃらけの無理してるおじさん感(そこが可愛い)に対してもっとスッとやってる感があってよかった。
むしろ原作っぽくもうちょっと基本姿勢からおちゃらけ感あってよかったんじゃないかと思うくらい。
正直初見の印象でなんか随分健康的な顔したグレイだなって思って申し訳ない。

あとめっちゃ印象的だったのが言葉がめちゃめちゃ聞き取りやすい!
なんかミュージカルだと特に一瞬聞き取れない→文脈で脳内補完みたいな所あるじゃないですか。
でも泰潤さんの歌声びっくりするくらい何も違和感なく聴けた記憶がある。
言葉の聞き取りやすさって滑舌とイコールでもなくて、子音を立てるほど聞き取りやすいってわけでもないんだよね。
そこにプラスで音楽的表現や芝居が乗ると尚更難しいと思うんだけど、そこに違和感なく聞き取りやすさがプラスされてる感あった。
これやっぱり天性のものなのかな…強く評価される部分じゃない気もするけど一番感動した部分なんだよな。

・ジョン・ホール
①野中万寿夫さん
ごめんなさいこれ最初の観劇とCDのダブルパンチで完全に瀧山さんホールの印象が強すぎてそこからの比較イメージしかないんですけど、そこまで極悪非道感ないと言うか三下悪役感ちょっと感じたというか
でも漫画版ホールって根は性格クソ悪いだけの三下悪役だと思うのである意味しっくりくるんだよな。
でもこれ配信で見たから生の迫力オミットされた故だと思うんだよな。
生の野中さんホール浴びたら変わるかもしれん。

ところで野中さんバックトゥザフューチャーの候補キャストにいらっしゃったと思うんだけどそれの写真とも顔のふっくら感違って見えたのはそういうメイク?単に体重増えただけなのかな。

②瀧山久志さん
ホールてめぇキャストの力で格上げしてんじゃねえよ。
いや声のねっとり感すごい、なんか独特の低音ボイスで凄く唯一無二感ある。
原作のホールは何を間違っても好きと言いたくない(そもそも思わない)んだけど舞台版のホール好きなの瀧山さんに引っ張られてると思うわ。
ホールの悪役仕草見るたびに「Fooーーー!」ってなる。
瀧山さんはカテコまでジョンホール貫くのに最後の最後にチョケるのずるいと思う。

・デオン・ド・ボーモン
ごめんなさいこちらは正直どっちがどっちってほど覚えてないですどっちも強え女美しいって記憶しかない。
なので舞台版デオン全体の感想になります。

キャラとしては一番改変を受けたキャラだと思うけど全然違和感ない。舞台だと性別不明は流石に難しいから確定しなきゃだしね。
キャラも行動理念も正直漫画版より理解しやすい。「最期を求めるキャラか?」みたいな疑問は思わなくもないけど。

全然関係ないけど1幕終わりに姿を現して宙に浮かぶデオン、後ろから持ち上げられてる感が凄いのと、あのまま休憩入って2幕入ってボブとグレイの話から1幕終わりの続きになってるせいで「休憩の間ずっと同じとこで浮いてた…?」みたいな想像をしてしまいちょっと面白かった。
休憩時間中の俳優さんたちがどうしてるのかは知らないけど、ちゃんと休んでることを祈る。
誰も共感できない想像をするなよ。



ここが気になったよ!自分的引っかかりポイント

さてここまで褒めてきた一方で、この作品に関しては結構引っかかりポイントが多かったのでちょっと書いていきたいと思います。
ただあくまで絶対的な悪いところではありません。自分的に上手く飲み込めなかったというだけなのでそこはお気をつけいただければと…。

・フロー周りの起承転結の「起」の流れが全体的に動機がブレて見える

これ大雑把にまとめるとこんな感じなんですが、ポイントで言うと数ヶ所で引っかかりを覚えてます。

①希死念慮が原作よりも薄い
②看護の道を志す流れが繋がって見えない
③家族の意見が常識的

①希死念慮が原作よりも薄い
これ一番の原因は尺の問題と生霊設定をオミットしたことにあると思います。

ゴースト&レディの「生霊」とは

人が人に悪意を持つ時
人が人を妬む時
人間にゃ見えねえがそれは大きくなってく…
人によっていろいろなカタチをとってるそいつを幻霊(アパリション)や幻像(ファンタズム)とかかっこつけて呼ぶヤツもいるが なんのことはねえ〈生霊〉さ
人が人に持つ悪意は人間にゃ見えねえまま常にお互い攻撃をしかけ合っているんだぜ

黒博物館 ゴーストアンドレディ(上)より

まぁ要は相手への敵意の具現化、モンスター化ですね。

本来対面した相手を攻撃する生霊ですが、原作版のフローは自分の生霊は自身を攻撃しているという特異性があります。
この描写はフローの精神的自傷行為、自身の自己肯定感の低さを強く想起させる描写となっており、グレイとの出会いに関わらず死を選びかねない(看護の道を望んでいることが唯一の支えとなっている)という初期のフローの危うさの描写を大きく担っています。
また③にも関わってきますが、原作の家族は生霊がフローを大きく傷つけ続けています。
そのため「一見常識的なことしか言っていないが相手の意思を全く尊重せず型に嵌めたことしかしない思いやりのない家族」というのを視覚的に分かりやすく描写しています。
正直原作フローに関して親からの看護の道の否定って実は大きな問題じゃないんですよね。
「看護の道に対する強烈な願望はあるけど、それを押し通すほど自分に対する自信と気力が育まれていない」って感じに自分は捉えてます。
それを効果的に分かりやすく飲み込めるように使われているのが生霊なのかなと。

しかしファンタジー感の強くなるこのモンスターは描写的な負担が大きい一方で正直現実側の出来事にはほぼ影響が少なく、オミットした劇団四季の判断はとてもよく分かるしそこは基本賛成なんですが…その結果として原作フローの「死にたい→死んでもいい→死んでもいいから最期にどんなことでも出来る」という思考プロセスも見えにくくなってしまいました。
舞台版は希死念慮からくる初期フローの心の弱さを表現する描写が少ないため、グレイの指摘する

お嬢ちゃんが親に反抗して負けたから死にてえってのか

「私の使命」より

この言葉を否定し切れず進んでいってしまってるように感じてしまいました。

②看護の道を志す流れが繋がって見えない
これはナンバー「カゴの鳥の願い/私の使命」の流れ全体ですね。
「別荘の近くに住んでいる(恐らく)平民の男の子が亡くなり、弔いに行ったらその子の家族から罵倒された」→「看護の道に行くのが私の使命だと神に示された」っていうストーリー自体がこれは初見の観劇時から違和感がありました。
「男の子の死という出来事がフローの看護への神の導き?男の子の死はそのために神が演出したの?」
これ正直今でもあんまりしっくりくる解釈ができてません…。
いやこの流れだけなら「その無念と後悔を晴らすために…」的な飲み込みもできるんですが、「私の使命」全体の高揚感溢れる曲調と歌詞からその解釈はちょっといいように解釈しすぎなのでは…ってなります。

これ原作でどうだったっけって読み返したんですが、ここ原作だと舞台と真逆なんですよね。
原作だと「貧しい村に社会見学のため見舞いに行ってそこで苦しむ人に救いの手を差し伸べた(漫画だと数コマで細かく説明がないため大体そんな感じくらいで理解してください)」のが看護への道を見つけたという出来事です。
原作では「人を救ったから看護への道を夢見た」のに対し舞台は「人を救えなかったから看護への道を夢見た」なんです。
しかも悔しさなどからではなく神に導かれたと感じたから。
舞台版の方、演出的には劇場の座席から鮮やかに墓に変わる描写とか神からの啓示を受けたのが伝わる音楽とか、要素的には好きなんですがその分繋がって見えなかったのが強烈な違和感になりました…。

③家族の意見が常識的
①でも触れましたが漫画版では生霊により「比較的常識的な建前に反して、フローの意思や自尊心を否定し続けるのが主な意図」という描写を分かりやすく表現されております。
それに加えて漫画版と舞台版で否定の根拠が若干ズレがありまして、漫画版の両親は「上流階級の家の体裁」「家長への反抗に対する嫌悪」を節々に感じる物言いをします。
一方で舞台版は、漫画版だと表面的な理由として使われていた「看護婦という職業の下賤さ、従軍看護婦の危険さ」を中心にしています。
(サントラに収録されていないセリフ部分でアレックスとの婚約絡みの家の体裁に絡む話があったかと思いますが、漫画版の「親の言うこと否定しやがって」感よりはだいぶマイルドな話だったと思います。)

それと今漫画版を見返して気づきましたが漫画の方は「親の理解を得たい」と、説得により筋を通そうとしてるんですね。
舞台版は既に看護婦自体にはなっており、更に無茶をやりたいというストーリー。
そして説得をする前にグレイが魂を麻痺させて結果家族の了承を得た形となります。

漫画版の丁寧なヘイトコントロールを削った結果フロー側の意見と親の意見、どっちが正しい?ってなってしまったように感じてます。


…とつらつら書いていきましたが、ここの部分に関しては意図せずそうなったわけではなく、「舞台版は本当にいいところのお嬢さんのわがままが発端」としているのかと思います。

それならそれでフロー自身はアリかなと思うんですが(ずいぶん弱体化したなと思わなくはないですが)、問題はグレイがわざわざクリミアまでついていく説得力に欠けるんですよね……。

序盤の方でグレイがフローに言う「お嬢ちゃんが親に反抗して負けたから死にてえってのか」や「さ、もう死ぬ理由がなくなったろ。俺は帰るぜ」が本当にそれはそうとしか自分は思えない。

原作は強烈な希死念慮がベースにあり、実績もない女性でしたので両親説得(あれを説得といっていいのかはともかく…)後もグレイへの「殺してほしい」という思いは変わらないんですが、舞台版はそこをクリアしてしまっている(しかも既に看護婦にはなってる)ので「そのままクリミア行ったらええやん…?」という疑問はあまり解消されないんですよね。

これが「殺してほしい」ではなく「困難解消のために力を貸してほしい」だったら納得なんですが。
それか舞台版フローに合わせた大甘グレイで「べ、別にアンタを助けようと思ったわけじゃないんだからね!///」ってキャラなら納得します。
それはそれでちょっと見たいな。

・歌のメロディラインが弱い

曲褒めたやん、って思いました?
いやそうなんです、いい曲なのは確かだと思うんです…思うんですが方向性が「ゲームのBGMだったらのちのち名曲になるタイプの曲」って印象なんですよね…。
先日の配信と振り返りのサントラ視聴で改めて意識して聴いてみましたがオケはやっぱりいいんですよね、特に個人的には弦楽器あたりが好きです。
一方ボーカルラインだとなんとなくスッキリ気持ちいい着地を微妙に外した動きをする、というか…そんな動きが多いんですよね。

ぱっと出てくる具体例だと『走る雲を追いかけて』の「青い海原 進んでいこう」のところ、特に「あお」の2音。

この曲だと「行こうクリミアへ行こう 走る雲を追いかけて」のところは大好きなんですよ。
ただそういう美味しいフレーズの後の、言ってしまえばあまり重要じゃないフレーズでこういうことが起こりがちな印象。

なんとなーくつい動かしたがるクセがある印象なんですよね。ちょっと弦楽器のフレーズっぽく感じる時がある。
なんでだろ、作曲された方専攻が弦楽器だったとかそう言われるとしっくりくる感じ。
実際の作曲の方の経歴とか特に調べてないんで完全な妄想ですけどね…。

これに関しては同じ作曲家の「バケモノの子」でも感じたので、作曲家の方と自分との相性かなぁ…と思います。

・アレックス

いや…特定キャラに文句言うのもどうかと思ったんですが…。
このキャラ、舞台版フローの「人間的弱さ」を演出するキャラとして登場した舞台オリジナルキャラで、「かつて好きだった相手が自分の元から去っていく辛さを描くため」って役割らしいんですけど…アレックスに恋焦がれるフロー、なんかピンとこないんすよ

いや分かりますよ、それ以上にやりたいことを優先してるし気持ちは押し殺したり奥底では…ってことなんだろうなーと思うんですよ。リアルならあり得るなーって思うんですよ。
でもリアル過ぎて気持ちを一緒に持っていけてないところに「ぼくエイミーと結婚するんだ〜君は1人で平気だもんねェ!ハハァ!(いや流石にそこまで露悪的じゃないですが)」って去ってく男への恋心に共感は…無理ですわ…。

あと観劇と配信でそれぞれ別の方の演技で見ましたが…恐らくアレックス、必要以上に観客からの好感度上げないよう調整した演技の指示入ってるんじゃないですかね?と思いました。
多分やろうと思えば本当に紳士でフローのことを心配する「優しい男」は演技で持っていけると思うんですよ、でも2回見てどっちも絶妙に無神経というか個人の感情より体裁を優先してる節があるというか…。
この役割ならもっと「いや普通にその男の手を取れって!そっちの方が絶対幸せだって!」って思える男に仕立てて欲しいんですよね…
それかアレックス周り全カットしてエイミーを感染症で死なせるとか…それなら「誰もいなくなった…絶望…」って流れもしっくり来るので。

・その他

・漫画実写化でよくある、「原作エピソードの必要分詰めたら時間がミチミチでノルマ達成の流れ作業みたいになった」みたいなのがなくもなかったかな…?
でもこれは正直音楽に合わせるミュージカルだと感じにくい部分なので「若干矢継ぎ早だったな」くらいの印象ですかね。
初見時の印象は「つ、次から次へと来る…!」くらいの感覚でしたので良し悪しってほどではないです。

・「バケモノの子」の英語タイトルThe Boy And The Beastを知った瞬間爆笑してしまった。直近の四季オリジナル作品2作品ともその形式やないか!
作品名に「A and B」になるタイトル好きだな3つもあるぞ劇団四季。
っていうかバケモノの子も美女と野獣方式で略すとBBになって区別つかなくなるのか…。


おわりに

さて、上で散々引っかかること書きまくってしまいましたがトータルで言えばこの作品が名作なのは間違いないです。
たぶん自分も名古屋あたりにもう一度…何回か?数回か…?は観に行きたいと思います。
ただ世間のゴスレ熱が高まっている状態なので、休みの都合上スタートダッシュが遅い自分がチケット取れるかは限りなく疑問ですが…。
自分が行けた8月の観劇も急に完売になるほんの数週間の差だったんですよ。

たぶん自分は今後もゴスレの考察や解釈のnoteを読み漁ると思いますので、もしこの記事を読んで「何だこのヤロー!」って思った方は是非noteを書いていただければ拝見させていただきたいと思います。
みんな、観劇の感想はもっと長文で書いていきましょう…!

最後に。
noteの記事、アプリから書いて6500文字を超えると処理が重くなり始めるぜ!
みんなも経験してみてくれよな!

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