グリストラップ
まだ大学生だったころの話です。
入学を機に東京で一人暮らしを始め、慣れない都会暮らしに苦戦しつつけれども慣れ始めたくらいのことでした。
家電などをそろえ金欠だった私に友人が進めてくれたのが近くの惣菜コーナーでのアルバイトでした。
最近までは友人が働いていたというそこは確かに賃金も悪くなく、売れ残った惣菜は持って帰ってもいいという金欠の私には魅力的なところでした。
有難くそこに口利きしてもらおうと思いましたが辞めた理由を聞くと何故か口を閉ざすことだけが気がかりでした。
けれども人間関係や仕事がきつい等の理由では無いとのことでしたのでとりあえず働いてみることにしました。
内心もしかしたら厳しい人が上司とかなのかな、と心配していましたが社員の人もパートのおばちゃんもみないい人で胸をなでおろしました。
パック詰めと閉店後の後片付けがメインの業務で初日からあまり苦労すること無く仕事を終えることができました。
売れ残りのいなり寿司を家で食べながらもしかしたら思ってたよりいい仕事先を見つけたかななんて思いました。
そして何事もなく1週間ほど働いたある日のことです。
その日の営業時間も終わり社員さん達は帰ってしまい私一人で売れ残りの商品を捨てたりなどの後片付けをしていました。
その時不意に妙な声が聞こえたんです。
正確には声というより鳴き声ですね。
あぁーとか、うぅー、みたいな。
でもその時は外で猫が鳴いてるのかなって思ったんです。
ほら猫って発情期になったり喧嘩してる時って変な声で鳴くじゃないですか。
で、まあちょっと気味は悪かったんですけどその日は何事もなく仕事を終えて帰りました。
けれどもそれから一週間に何日かそんな鳴き声を聞くようになってしまいました。
そしてある日気が付いたんです。
これ、外から聞こえてるんじゃないなって。
ところでグリストラップって知ってますか?
飲食店に務めたことのある方ならご存じかもしれません。
床にある排水に混じった生ごみや廃油がそのまま外の下水に流れないようにするためのものなんですけど。
どうやらそこから聞こえてきているみたいなんです。
床のグリストラップに耳を近づけてみるとごぽごぽという小さな水音をたてながら例の鳴き声が聞こえてきました。
次の日大学で、惣菜コーナーのバイトを紹介してくれた友人になんと話にそのことを話しました。
話を聞いた友人は長いため息を吐くと
「やっぱり聞こえちまったか。」
そう呟きました。
それ以上の話をしぶる友人に巻き込んだ責任を取れと問いただすと重い口調でこう話し始めました。
お前あのスーパーの近くの病院分かる?
あそこって産婦人科らしいんだけど変な噂があってさ。
中絶した胎児を下水に流してるらしいんだよ。
勿論信じているわけでもないし見た目が古いからってだけで生まれた噂だと思ってるんだけどさ。
バイトしながらあの声を聴いてるとどうしても想像しちゃうんだよな。
下水でうごめきながら泣く無数の胎児をさ。