棘があるだけ。ただそれだけ。
✳︎寒空の下、録音した音声はこちら
母がパートに行っている間、父とサイゼリヤに行った。このサイゼリヤがエッセイに登場するのは2回目だ。
(1回目の登場「しょーもないと思わん?」)
前回は母もいたが、今回は父と私だけ。多少の気まずさは感じたが、逆にチャンスかなと話しかけてみる。
「耳良くなるといいねえ」
急性難聴を患っている父は待ってましたと言わんばかりに話し始めた。
「お父さんもねえ、こんな耳になるまではちゃんと働いてたんよ。パートだけどねえ、事務員としてしっかりと。」
そう、会社を鬱で早期退職した父はついこの間までパート事務員として働いていたのだ。詳しくは書けないが、その施設に入るべく、お客さんはわざわざ遠くから足を運ぶ。
「そのパート先がねえ、だらしないところやったんよ。」
おっと、また批判かい?と身構えると、意外な話が始まった。
「お客さんがね、見学前に詳しい情報を知ることができんシステムになっとるんよ。」
「前もって情報持ってた方が、為になる見学になるに決まっとろう?だから、お父さんはマニュアルを作って、上の人に相談したんよ。これから書類を前もって送付しませんか?って」
私は尋ねる。
「そしたらなんて?」
父は答える。
「“そんな余計なことしなくていいです、お客を甘やかさないで下さい。”って言われたよ。そんな職場、しょーもないと思わん?」
心から同意した。ついこの間の“しょーもないと思わん?”とは、まるで別の言葉のようだ。
「遠いところ見学に来てくれるなら、良い時間にしてほしいと思ったんよ。当たり前でしょう、お客さんを思うのは」
お父さん!あなた!そんな一面があったのね!
私はあなたの嫌なところしか知らなかったよ。独りよがりで、批判的で、都合の悪いことは全て病気のせいにする、そんな人だと思っていたよ。
あなたはサービス精神のある、思いやりのある人だったんだね。ただ、その表現の仕方が過激なんだ。自分と異なる意見に、過剰に拒否反応を起こしてしまうだけなんだ。
あなたは悪い人じゃない。ただ角があるだけだ。その角が削れた時には、柔らかな優しさが残るのかもしれない。
あなたに足りないのは、まろやかさだ。裏を返せば、まろやかであれば私はあなたをもう一度好きになれる。心から笑いあえる気がする。
お父さん、あなたには心の底から苦しめられた。でも、間に合ってよかった。私はこれから、あなたをもう一度、知っていこうと思う。
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