一言の向こう側
恥ずかしがり屋な私は、一言がなかなか添えられない。
別れ際の「気をつけて帰ってね」。
飲食店での「美味しかったです」。
なんだか照れちゃって、こういう言葉を人にかけられない。それは、恥ずかしがってるからだと、ずっと思ってた。
「こんばんは」
今夜私はある人に、そうメッセージを投げかけた。
「今日も1日お疲れさま」
返ってきたのは、この言葉。すごく嬉しくて、そして少し悔しくて、私はホゥっと息を吐いた。
ああ違うな、そう思った。
“恥ずかしいから、言えてないだけ。”
一言が添えられない自分に対してのこの認識が、間違っていたことがわかった瞬間だった。
普段何かと理由をつけて言わないできた一言。チャンスを逃し続けた私と、毎日丁寧に言葉を包んで配っているその人。
「今日も1日お疲れさま」
ただのお疲れさまじゃない。
“今日も1日”お疲れさま。
私の今日1日を、そして今までの毎日を、お疲れさまと言われたようでとっても嬉しかった。
丁寧に渡し続けた人だから、短い言葉にギュッと詰められる。受け取る相手に染み込ませられる。一言添える、のその先に手が届いているんだな、と感じた。
一言添える、の扉の前で膝を抱えている場合ではないな。
“やらないでいたこと”は、いつのまにか“できないこと”になってしまう。そしてできなくなってしまったことすら、そう簡単には気づけない。
相手を少し幸せにする、一言。
まだまだ道のりは遠いけど、もらって心地の良い言葉の遣い手に、私はなりたい。
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