寡黙の美学
無口だけど腕のいいお寿司屋さんによく通っていた。真剣な眼差しで丁寧な仕事、少し強面だけど話しかけると時折はにかみながら答えてくれる。そんな静かな空間が好きだった。だが多分コロナ禍も影響したのだろう。昨年辺りからしばしばお客が私達だけの時もあった。
そんなある日有名料亭からヘルプできたという新しい職人さんがいた。「なにか大人の事情があったのかな??」という気配を感じた。よく喋り気が利く人でお店の雰囲気が明るくなった。だんだんお客さんも増えてきて、最初はよかったなと思っていた。
ところがある時、無口な職人さんがいた花板ポジションにその新しい職人さんが立っていた。たまたまその日は花板席。もちろんそれなりに美味しいお寿司だったが期待してたものとは違った。
ふとカウンターの隅に目をやると、変わらず無口な職人さんは黙々と仕事をしていて胸が締め付けられた。こちらと目が合った時なんだか悲しそうな表情をしていたような気がする。
それ以来そのお寿司屋さんには行っていない。もちろん緊急事態宣言再令されたこともあるが、あの干渉されない静かな雰囲気もなくなってしまった。「1貫の寿司」に技術だけではなく、誠実さ、繊細さ、心意気など、その握った人自身を感じていたことに改めて気づいた。
言葉にしなきゃ伝わらないことも確かにある。でも言葉で全てが見えるわけではない。やっぱり私は『料理人』と『芸術家』は寡黙な人の方が好きかも。。またあの無口な職人さんのお寿司が食べたいな。