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2014年10月の記事一覧

バイク。乗り味と見た目で好みが一致してる人ってどのくらいいるのかしら。自分の場合、乗り味はやややんちゃ気味スポーツ、見た目は日曜大工ポンコツ化したい。でも見た目と乗り味は一致してるのが美しいと思うので、「1台所有」で「欲しい」という条件だと例えばGooseとかになるわけです

ただその、あからさまに机上論のその考え、の、さらに理想論、を成立させるにはまず資本主義とか、そこに含まれる著作権まわりを破壊せにゃならんという。個人的理想的ユートピア(デストピア?)は超高効率物々交換なんですけども。アハハ無理だねえ、と思いつつ、ぼんやりと狙っていきたい

そうだなあ、「弘法筆を選ばず」を「プロは道具を選ばねえよ!」的な意味と誤解して、「そこから繰り出される」やりたいならやってるはずでそうじゃないなら全ては言い訳論、はちょっと不健康で青春が過ぎるかな。現実にはプロこそ道具を選ぶよ。「やりたい」と「やる」は別のことだよ。

弘法筆を選ばず。これはもちろん選べないのではなく、選ばなくても凄いけど選んだらもっと凄い、そして選べる目も腕もある、というお話。で、絵屋や音屋は選んでるのを見たことあるけども、言葉屋が筆やキーボードを選んでるのを殆ど見かけない。彼らは僕の知らない道具を頭の中に持ってるのかも、とも

メメントモリとか、まあ「死を忘れるな」。キリスト教の教義じゃない方ね、それを、このトシになってようやく理解した、気がする。中二的なアレやソレではなく、もっとナチュラルな「単なる」「普通の」人生観だよね多分(僕は普通を軽んじない系男子)。ただ、腹にはぜんぜん落ちてない。若造である

音、音楽、歌、とその周辺についてなにもかもわからないんですが、クラシックや民族音楽?の、なにかこう悠久の時の流れというか壮大な物語になってる感じってなんなんですかね、どういうアレなん?それともそういう映画で使われてたりするから僕が勝手にそう聴いちゃうとかなのかな。さっぱわからん

ツーリングお料理セットがすっかり晩酌セットになってしまっている。缶詰あたためる、ちょっとした小料理、熱燗やお湯割り。おっさんの晩酌を裏テーマとしたミニマルパッキング(でも無駄に無骨な感じ)なツーリング小料理セットをバイク屋で売ったらバカ売れだと思います

そうだ。あんなバイクがいいだなんだ言ってないでクレイモデル作ってみよう。1/12ぐらいで気軽に。

「ひきだし犬」第1話 / The Drawer Dog Episode1 - パペットアニメーション: http://youtu.be/hZZ_sJ5eZ-E

すごい見応え|PULSAR (1990): http://youtu.be/7T1llQSMj-o

あとで見る|「Junk Head 1」完全版: http://youtu.be/Izh4SDv55ec

絵を描く人は筆があるよ。音楽の人は楽器があるよ。歌の人なら咽、踊りなら体。でも言葉の人はどうなんだ、ペンなりキーボードなりスマホなり、デバイスの制約がでかすぎないか。それともそんなもんが制約になるようなヌルところでやってないのかも、と思うとほんと恐ろしいひれ伏してしまう

何で食ってるか。絵を描いて、それをお金にして食ってても、それだけでは絵で食ってることにはならん。それは「絵で食う」ことが目的なのかどうか、絵で食い「たい」のかどうか、ってところにもかかわってくる。何かで食ってる人は、ぼくの知る限りその何かがなんであるかは頓着してない

吹き溜まり上等