今日の1枚はこれ! 冨田勲 『惑星』(1976)
冨田 勲は、日本のシンセサイザー・アーティスト。
もともと作曲家で、映像作品の音楽を数多く担当していた。それでは飽き足らず、様々な音楽の可能性を追求。その後1969年に電子楽器モーグ・シンセサイザーに出会う。1971年秋頃、モーグIII-Pを日本で初めて個人輸入。それから自宅スタジオでシンセサイザーを演奏・多重録音することが、活動の中心となっていった。
冨田は、自宅にマルチトラックレコーダーを備えたプライベートスタジオを設立。説明書も何もない“鉄の箱”と格闘しながら、電子音によるオーケストラ楽曲の再現に挑んだ。彼の頭の中で鳴っている実際では作れない微妙なニュアンスをもった音色や音響を持つ仮想のオーケストラの音を少しずつ作りあげていった。全ての音色作りはもちろん、全パートの演奏、録音、編集までを含めて冨田自身の一人の手による制作である。同じメロディを何度も手弾きで重ね、音の厚みを出すなど工夫を凝らしながら、楽曲を制作していく。そして1974年、ようやく完成させたのが『月の光』というアルバム。これがビルボード・クラシカルチャートで2位を記録。そして1975年第17回グラミー賞において、日本人として初めてノミネートされた。
彼が作った他の有名な楽曲は、「ジャングル大帝」や「きょうの料理テーマ音楽(NHK)」。晩年では初音ミクと共演するなど克の幅を広げている。2021年東京オリンピック閉会式では、フィナーレに「月の光」が使用された。
冨田はファーストアルバムにドビュッシー、続いてムソルグスキー。3枚目にはストラヴィンスキー、4作目にあたる本作では、ホルストの『惑星』をトミタ流にアレンジして発表している。4作目の『惑星』は、プロデューサーからのリクエストによるもの。実はホルストの『惑星』は、アメリカでは一足先にパトリック・グリースンというシンセサイザー奏者により発表されていた。ほぼ同時期であったことから、他レコード会社のこの作品に対抗して、本作品が作られたという話もある。結果的には、1977年のビルボード(クラシカル・チャート)で1位にランキングしたり、のちに映像版も作られるなど、冨田勲の『惑星』が後世にも語り継がれる作品となった。
冨田は、この作品の彼自身によるライナーノーツで、この作品は4chステレオを想定して製作。それを2chでも再生できるように、左右のスピーカーのさらに外側にスピーカーが設置してあることを計算して、アレンジしたと記してある。たしかにこのアルバムを聴くと、電子音によくある薄く軽い音ではなく、さながらオーケストラの音を聞いているような厚みに加え、電子音による宇宙を感じさせるような壮大なスケールを想像させる内容になっている。
ちなみに、冨田勲の助手として働いた松武秀樹は、後にイエロー・マジック・オーケストラのシンセサイザー・マニピュレーターとして役割に就いた人物。
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