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光の射すほうへいざなわれた、珍しいひと

ロサンゼルスのダウンタウン、市庁舎から南へ2ブロックほど行ったところにある、古びたオフィスビル。午前で終わるはずだった仕事が伸びに伸び、その1階にあるサブウェイで遅い昼食にありつけたのは、日本で言う八つ時を過ぎた頃。海外にいると陥りがちな野菜不足をアボカド&ベジーで補おうとしていた。

昼食が遅くなった代わりに、今日の仕事はもう無い。茹だるような暑さにぎらつくアスファルトを店のガラス越しに眺めながら、そこへ再び出て行く覚悟を食後のアイスコーヒーで養っていく。ホテルまではここからバスで30分ほどだが、直帰してぐうたらするにはまだ少し早い。

仕事先でもないこのオフィスビルにわざわざ来たのは、サブウェイのためではない。単調なロマネスク様式の建物の外見には大した惹きの強さはないし、100年以上前に建てられた古さに「歴史」を感じる文脈も、この段階ではまだ感じられない。氷だけが残ったアイスコーヒーのカップを片付け店を出て、別の入り口からそのビルへ入り直す。

狭いエントランスから真っ直ぐ伸びた廊下を抜けると、4階分の広大な吹き抜けが現れる。自分も含め5人ほどしかいないその空間はスニーカーの足音さえも響きそうなほど静かで、空調もないのに外の暑さを忘れる涼しさ。天蓋のアトリウムから降り注ぐ陽光が吹き抜け全体に散乱し、美しい紋章をかたどった純鉄の手すりやビクトリア朝の磨きタイルをまばゆかせている。豪奢な細工の柱に囲まれたオープンケージ型のエレベータは、現役だ。

この造りが、いくつかの有名な映画に使われてきた。現代ドラマだったりレトロコメディだったり、近未来SFだったり。同じ建物がまったく違う時代や世界の要素となる不思議さを、確かめたかったのかもしれない。銀幕の場面を思い出し、網膜を経て入った刺激と脳内で重ねながら眺めていると、白髪の御婦人2人組がにこやかに話しかけてくる。

「学生さん?建築でも勉強しているの?」

「そうではないんですが、ふと立ち寄ったら綺麗だなあと思って。」

「こんな所にふと立ち寄るなんて、珍しい人もいるものね。楽しんでね。」

拙い英語力での解釈と昔の記憶だから正確ではないが、そんな会話だった気がする。御婦人は映画のことを知らないのかなとも思ったが、建築というキーワードが出たと言うことは、この造りに目を奪われる私の感覚はあながち間違っていないのだろう。他に何をするわけでもなく眺め続け、そういえば端っこにたたずんでいた管理人らしき男性に撮影の可否を確認して、2枚だけシャッターを切る。

眺めをひとしきり目に焼き付けていると、午後4時をすっかり過ぎていた。日暮れにはまだ時間があるが、このあたりは暗い時間にうろつくべきではない。帰宅ラッシュに巻き込まれないうちに戻るのが得策と、バスに乗り込んで海沿いのホテルへ戻った。

今風に言えば、これも聖地巡礼の一種なのだろう。言ってしまえば古びた建物を訪れただけなのだけれど、スマホなど無かった当時、幾重にも折り畳んだ紙の地図一枚を頼りにここを目指したモチベーションの強さは、20年過ぎた今でも、こうして文字起こしできるほど鮮やかに覚えている。

最近は、新しい行動へ踏み出す気持ちの火花が弱くなった気もするし、ふと思い出したこの旅に、何かきっかけを取り戻したくなった。まずはまた、こういう旅を久々にしてみようか。

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Nalakuvara(ならくーばら:ナタリス)
そのお金で、美味しい珈琲をいただきます。 ありがとうございます。