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恋愛履歴。

好きなひとの、好きなひとには、どうやったらなれるんだろう。

そもそも「恋愛対象」の枠に入ってないところからのスタートだから、世界がひっくり返るくらいのことがないと、難しいだろうことは分かってる。

けど、分かってたって簡単に諦めきれないから、恋ってやつは厄介だ。



「さーちゃん」とは、中学の入学式で初めて会った。
同じクラスのいい匂いがする女の子。
今まで私の周りにいなかった、ノートに並ぶ文字のキレイな大人っぽいひと。
背が小さくて、笑うと可愛らしい、だけど部活は剣道部。
上下白袴の凛々しさに、私はあっという間に恋に落ちた。

仲良くなるのは早かった。
冬服のセーラーが夏のワンピースになる頃には、私たちは毎日一緒に放課後を過ごしていた。
自分の独占欲が強いものだと知ったのは、この頃。


彼女が私を必要とする。
名前を呼んで、笑ってくれる。
それが何より、嬉しかった。
毎日楽しくて仕方なかった。


そんな毎日が崩れたのは、二年になった時のクラス替え。
さーちゃんと、私は別のクラスになってしまった。

「さーちゃん、さみしい。すき。」

休み時間。
メッセージアプリを開くと、つい甘ったれた言葉ばかり指が送ってしまう。
ちょっとでも言葉の重みを軽くしたくて、取り繕うようにふざけたウサギが泣いているスタンプを連投して、私は大きく息を吐いた。

さーちゃんは最近、同じクラスになった澤木って男子と噂になってる。
勉強ができる二人は、学級委員同士で仲良くなったらしい。
二人が話しているところを見てしまうと、心がざわざわして苦しくて落ち着かない。
ぎゅっとなって、泣きたくなる。とても。



「みわ、聞いてる?」

肩を叩かれて思考が現実に戻る。
傍らで二年になってから仲良くなった、のりちゃんが心配そうに私を見ていた。

「顔死んでるよ、だいじょぶ?」

「うん、ちょっとぼけっとしてた、へーき。」

ぼんやりとしている間に授業が終わっていたみたいで、周りは次の体育に向けて着替えを始めだしていた。
席を立ち、のりちゃんと一緒に着替えて体育館に向かう。
途中で男子グループが前を歩いている事に気づいて、その中に澤木の姿を見つけてハッとした。
一年前、入学式のころは私より身長が小さかった彼は、もう私と同じくらいの背になってる。
広い背中に、肩幅。
声もなんか、知ってたものとは違う。

「ごめん、やっぱちょっと気持ち悪いから、保健室行くわ…。」

日を重ねるごとに私たちは男性と女性になっていくんだ…と、嫌でも意識させられた気分になって、そのまま私は階段を駆け下り保健室へ向かった。
背中でのりちゃんが一生懸命なんか言ってるけど、なんかもうよく分かんない。

私はただ、好きなひとに、好きになって貰いたい。
それだけなのに。
私は女だから、そのスタートラインにすら立てない。

当たり前のように、スタートラインに立てるあいつが吐き気がするほど羨ましい。

開け放たれている窓から梅雨時期の湿った風と一緒に、さーちゃんのいい匂いがした気がして、鼻の奥がつんとした。

「みわ、私ね…澤木君とお付き合いすることになったの。」

死刑宣告のように、さーちゃんからその言葉が放たれたのは、中学の卒業を控えた1月の寒い日だった。
久し振りに一緒に肩を並べて歩く帰り道。
吐く息の白さまで、さーちゃんはきれいだなぁなんて、私は思わず目の前の彼女をじっと見つめてしまった。

「そっか、おめでとう。良かったね?」

ああ、神様。
私は今、ちゃんと笑えていますか。

ごく普通の同級生として、女友達として、彼女の前に立てていますか。

ほんの一瞬だけ、のどに引っかかった祝福の言葉は、ちゃんと声になりましたか。

今日に至るまで、何度も何度も、繰り返し覚悟を決めて。
練習してきた、「おめでとう」の言葉。

言う機会なんて永遠に来なければいいのにって思ってたけど、やっぱり、来ちゃったよね。

「ありがとう。」

ちょっと照れて、歯をのぞかせながら笑う。
この時の彼女が、今までで一番きれいで。

ああ、本当に好きだなぁって、思った。

好きなひとの、好きなひとには、どうやったらなれるんだろう。

メッセージアプリに並ぶのは、「私の気持ち」の履歴。
宛先は私自身、いわゆるメモ帳。
ここは、本人には直接送れない「好き」のため込み場所。

「さーちゃん」

「やだ」

「私のほうが、ずっと好きだったのに」

涙と、指先が止まらない。
滲む画面で、ふざけたウサギが一緒に泣いている。
本当に送りたい相手には絶対に届かない場所で、私の言葉はぐるぐる渦巻いて淀んで、折り重なっていく。

これを削除したら、一緒に恋心まで消えてしまえばいいのに。
既読にならないラブレターなんて、バカみたいだ。



泣いて泣いて、泣けるだけ泣いて。
土日はふて寝し倒して、月曜日。

私は溜まりに溜まった3年分の好きを、ごみ箱に捨てた。

まだ好きだけど、今も好きだけど。
「おめでとう」って言えたから、もう引きずらないって決めた。

「のりちゃんさー…私、好きな人になりたかったんだよね。」

抜け殻のような私の、唐突すぎる恋バナにも動じず笑ったのりちゃん。
そんな彼女の言葉にちょろい私は新しい恋の予感を感じたけど、これはまた別のお話。

「好きな人って…なろうとか考えないで、自然になってるものじゃないの?」

「私は好きだよ、みわの事…」




#2000字のドラマ

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