恋愛履歴。
好きなひとの、好きなひとには、どうやったらなれるんだろう。
そもそも「恋愛対象」の枠に入ってないところからのスタートだから、世界がひっくり返るくらいのことがないと、難しいだろうことは分かってる。
けど、分かってたって簡単に諦めきれないから、恋ってやつは厄介だ。
◇
「さーちゃん」とは、中学の入学式で初めて会った。
同じクラスのいい匂いがする女の子。
今まで私の周りにいなかった、ノートに並ぶ文字のキレイな大人っぽいひと。
背が小さくて、笑うと可愛らしい、だけど部活は剣道部。
上下白袴の凛々しさに、私はあっという間に恋に落ちた。
仲良くなるのは早かった。
冬服のセーラーが夏のワンピースになる頃には、私たちは毎日一緒に放課後を過ごしていた。
自分の独占欲が強いものだと知ったのは、この頃。
彼女が私を必要とする。
名前を呼んで、笑ってくれる。
それが何より、嬉しかった。
毎日楽しくて仕方なかった。
◇
そんな毎日が崩れたのは、二年になった時のクラス替え。
さーちゃんと、私は別のクラスになってしまった。
「さーちゃん、さみしい。すき。」
休み時間。
メッセージアプリを開くと、つい甘ったれた言葉ばかり指が送ってしまう。
ちょっとでも言葉の重みを軽くしたくて、取り繕うようにふざけたウサギが泣いているスタンプを連投して、私は大きく息を吐いた。
さーちゃんは最近、同じクラスになった澤木って男子と噂になってる。
勉強ができる二人は、学級委員同士で仲良くなったらしい。
二人が話しているところを見てしまうと、心がざわざわして苦しくて落ち着かない。
ぎゅっとなって、泣きたくなる。とても。
◇
「みわ、聞いてる?」
肩を叩かれて思考が現実に戻る。
傍らで二年になってから仲良くなった、のりちゃんが心配そうに私を見ていた。
「顔死んでるよ、だいじょぶ?」
「うん、ちょっとぼけっとしてた、へーき。」
ぼんやりとしている間に授業が終わっていたみたいで、周りは次の体育に向けて着替えを始めだしていた。
席を立ち、のりちゃんと一緒に着替えて体育館に向かう。
途中で男子グループが前を歩いている事に気づいて、その中に澤木の姿を見つけてハッとした。
一年前、入学式のころは私より身長が小さかった彼は、もう私と同じくらいの背になってる。
広い背中に、肩幅。
声もなんか、知ってたものとは違う。
「ごめん、やっぱちょっと気持ち悪いから、保健室行くわ…。」
日を重ねるごとに私たちは男性と女性になっていくんだ…と、嫌でも意識させられた気分になって、そのまま私は階段を駆け下り保健室へ向かった。
背中でのりちゃんが一生懸命なんか言ってるけど、なんかもうよく分かんない。
私はただ、好きなひとに、好きになって貰いたい。
それだけなのに。
私は女だから、そのスタートラインにすら立てない。
当たり前のように、スタートラインに立てるあいつが吐き気がするほど羨ましい。
開け放たれている窓から梅雨時期の湿った風と一緒に、さーちゃんのいい匂いがした気がして、鼻の奥がつんとした。
◇
「みわ、私ね…澤木君とお付き合いすることになったの。」
死刑宣告のように、さーちゃんからその言葉が放たれたのは、中学の卒業を控えた1月の寒い日だった。
久し振りに一緒に肩を並べて歩く帰り道。
吐く息の白さまで、さーちゃんはきれいだなぁなんて、私は思わず目の前の彼女をじっと見つめてしまった。
「そっか、おめでとう。良かったね?」
ああ、神様。
私は今、ちゃんと笑えていますか。
ごく普通の同級生として、女友達として、彼女の前に立てていますか。
ほんの一瞬だけ、のどに引っかかった祝福の言葉は、ちゃんと声になりましたか。
今日に至るまで、何度も何度も、繰り返し覚悟を決めて。
練習してきた、「おめでとう」の言葉。
言う機会なんて永遠に来なければいいのにって思ってたけど、やっぱり、来ちゃったよね。
「ありがとう。」
ちょっと照れて、歯をのぞかせながら笑う。
この時の彼女が、今までで一番きれいで。
ああ、本当に好きだなぁって、思った。
◇
好きなひとの、好きなひとには、どうやったらなれるんだろう。
メッセージアプリに並ぶのは、「私の気持ち」の履歴。
宛先は私自身、いわゆるメモ帳。
ここは、本人には直接送れない「好き」のため込み場所。
「さーちゃん」
「やだ」
「私のほうが、ずっと好きだったのに」
涙と、指先が止まらない。
滲む画面で、ふざけたウサギが一緒に泣いている。
本当に送りたい相手には絶対に届かない場所で、私の言葉はぐるぐる渦巻いて淀んで、折り重なっていく。
これを削除したら、一緒に恋心まで消えてしまえばいいのに。
既読にならないラブレターなんて、バカみたいだ。
◇
泣いて泣いて、泣けるだけ泣いて。
土日はふて寝し倒して、月曜日。
私は溜まりに溜まった3年分の好きを、ごみ箱に捨てた。
まだ好きだけど、今も好きだけど。
「おめでとう」って言えたから、もう引きずらないって決めた。
「のりちゃんさー…私、好きな人になりたかったんだよね。」
抜け殻のような私の、唐突すぎる恋バナにも動じず笑ったのりちゃん。
そんな彼女の言葉にちょろい私は新しい恋の予感を感じたけど、これはまた別のお話。
「好きな人って…なろうとか考えないで、自然になってるものじゃないの?」
「私は好きだよ、みわの事…」
◇
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?