解析再訪

 『解析入門I』(杉浦、1980)をもう少しで読み終える。

 数学自体に結構なブランクがあり、本格的な数学書を通読するのも初めてだったので、新鮮に楽しむことができた。単純に、小説としての面白さがあった。読む側の作業を強いる点で親切とは言い難いが、今年読んだ他の文芸(例えば『苦界浄土』や『燃える平原』)と比肩する面白さだった。考えてみれば、数学書程に伏線と伏線回収を密に詰め込まれた本は滅多に無い。構成は実際、教科書的な都合に支配されているのだろうが、それとは無関係に読者側から物語を見出す余地がある。前提知識やタイミングの適合も手伝って、今回の読書からは確かな娯楽性を見出せた。
 
 以前に電磁気学の入門書を読んだ時にも思ったのだが、このような本を楽しみつつ読めなかった学生時代の自分を哀れまずにはいられない。まあ、精神不調を筆頭に、途中で挫折した理由は複数挙げられるので、自分が真面目にアカデミアと向き合っていたらという「たられば」に大した現実味は無い。

 今までまともに読めなかったのは、読書の地力の問題もあるだろう。数学的知識で言えば高校時代と大差ないのに、今になって読み進めることができたのだから、そうとしか説明できない。

 余談めいた話だが、本との向き合い方の変化を実感する場面は他にあって、昔(と言ってもせいぜい5年くらい前か)『緑の家』を入手して、数ページだけ読んで早々に積んだことがあった。その時は極めて難解な印象だけ残ったのだが、今年に入って読み直すと、適宜メモを取りながらであれば普通に読める内容だと気付いた。無目的に過ごした時間の長さを考えると、技能の向上を理由として挙げても納得し辛いところがある。認知の枠組みのもっと地味な変化が必要だったのだろう。時間的な余裕だとか、自分の無能に対する諦めだとか。今になって数学書と相対して手応えを感じているのも、似たような理由だと想像する。

 現時点でまだ級数の話が2セクション残っているし、順当に行って次に読むのは『解析入門II』なのだが、もっと大きなスケールで数学を楽しみにしている。位相空間論もガロア理論も多様体論も、少しでも早く触れたい。その裏表で、今のペースだと目標に辿り着くのが何時になるんだと恐ろしくもある。過去に数学から離れた理由の一つが人生の有限性を突き付けられる辛さだったが、数年も経つと流石に諦めが付くというか、そういうヒリヒリとした趣味が一つくらいあっても良いのではないかと思えてくる。



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