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つみねこ小説 きさらぎ駅編~愁腸紫苑ーシュウチョウシオンー~


「あ…」

サマーキャンプに向かうバスに乗り込んだ後、僕は自分のリュックの中に弟のおもちゃが入っていたことに気が付いた。機体の部分にお母さんが陽助の名前を描いてくれてある、お気に入りの飛行機のおもちゃ。今日もこのサマーキャンプについてくるときに真っ先に入れてきたくらいのお気に入りのおもちゃを僕が持ってきてしまっていた。

「…ごめんね、陽助。」

僕は小さくそう呟いておもちゃをリュックの中にしまう。明日家に帰ったら陽助と一緒にいっぱい遊んであげよう、そう思っていた。

だけど、僕の思い描いていた平和な日常は、陽助やお父さん、お母さんと一緒に過ごすという当たり前の日常は。

もう二度と訪れることがなくなることを僕は知らなかったんだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


キャンプは滞りなく、ごく普通に終わり日も暮れ家路へとついたその時だった。数台の消防車がものすごい勢いで僕の家の方向へと走り去っていった。


―――ドクンッ。


その瞬間、心臓が強く脈打った。ジワジワと全身に脂汗が浮かんできたのはきっと8月の暑さのせいだと自分に言い聞かせるが、足は家に向かって走り出していた。

嫌な予感がする。

息の仕方も忘れてしまったように、肺に上手く酸素を取り込めなくなる気がした。それでも僕は走り続けた。毎日学校から帰る道を、遊んだ後陽助と一緒に帰る道を、走り続ける。たった15分くらいの通学路がこんなに長かったかと疑問に思うほど、時間が掛かっていたように錯覚してしまう。

この坂を登れば家だ、ぜいぜいと息を切らしながら坂を駆け上がり、僕は目を開いた。


「あ…あ…あぁあぁあぁああぁああっ!!!!」


僕の目の前に広がる景色は毎日当たり前のように存在していた優しくて、温かくて、幸せな家ではなく、燃え広がる炎の赤、赤、赤。


僕は絶叫にも似た声を上げ、今なお燃え続けている自宅へと走る。

「危ない!!」

燃え上がる自宅に飛び込もうとする僕の体は消防員の男性に抑えられ、それを阻まれる。僕は必死で男性に訴えかけた。

「お願い!!離して!!中に弟が、お母さんたちがいるかもしれないんだ!!」

僕がそう叫んだその時だった。燃え上がる自宅から陽助の泣き声が聞こえた。

「ぎゃああああああああんっ!!熱い!!熱いよおおぉおおぉお!!」
「!!陽助!!陽助!!!!」
「たすけて!!にいちゃん!!にいちゃん!!」
「あ、ああ…!!」


窓から見えた陽助の顔は、炎によって皮膚が焼け爛れていて、僕の知っている弟の姿ではなくなっていた。

「うわあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」

僕の悲鳴だけが、虚しく夏の夕焼けに消えていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――炎が掻き消されたのは、すっかり日が沈んだ頃だった。

「…………………」

僕の目の前に横たわる、三つの炭のようなものは昨日まで僕に話しかけて、笑いかけてくれて、当たり前のように過ごしていた家族だった人たち。後日警察の調べでわかったことだが、家に火をつけたのは連続強盗放火殺人犯だった。両親は強盗犯に先に殺され、弟は二階でお昼寝をしていたため、気付かれないまま家に火をつけられ、生きたまま焼かれたんだ。


何で、どうして…?

どうして、僕の家族がこんなことになったんだ…?

どうして、僕だけ生き残ったんだ…?

どうして…僕よりも小さな弟が、死ななくちゃならなかったんだ…?


「陽ちゃん!!」

お父さんの妹である、僕にとっては叔母のほのかさんが知らせを聞いて僕の所へ飛んできてくれた。けど、この時の僕は抜け殻のようになっていて何も反応することが出来なくなっていた。

「…………陽ちゃん…!!」

叔母さんの腕に抱きしめられ、僕は茫然としたまま、一言こう言ったらしい。

「…叔母さん…………どうして、僕だけ生きてるの…?」



これだけ言って、僕は意識を失った。
























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あらすじ https://editor.note.com/notes/na7cb2f7560c0/edit/

第一話
https://note.com/nakumo13/n/n34c02fa6173c

第二話
https://note.com/nakumo13/n/n8635d56b8a33

第三話
https://note.com/nakumo13/n/n00194d421e07

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