即興小説:1「肉笛の星」
生きるとは何か。その答えを探す旅に出た親子が、長い旅を経て、とある惑星に来た。
そこは生命反応があるのに、とても静かだった。荒寥とした平野に、大型犬ほどの大きさの白いマシュマロみたいな物が、点々と転がっている。
近づいてみると、微かに震えている。入り口と出口のような穴が空いている。そのトンネルを抜けて、風が吹き抜けると、低い笛の音に似た音が鳴った。
片一方の穴の少し上に、何かのチップのような物が埋め込まれているようだ。
父親は、このマシュマロをスキャンした。動物性タンパク質の塊だった。
息子は聞いた。「これは、生き物なの?」
父親は、答えず、片手に土をすくって、額に押し当てた。父親は、土からその星の記憶を辿れるのだ。
やがて、土くれを手から払うと、父親は、息子の肩に手を回し、寂しそうな目でマシュマロを見つめた。
「生き物だよ。この星の最も優れた知的生命体さ」
「これが、知的生命体?」
「彼らは、
究極の平和と永遠の娯楽を手に入れたんだ」
「どういうこと?」
「自分達では何もやる事がなくなった、便利な世の中を作ったんだね。
そのうち誰かが脳に直接信号を送って、
娯楽を味わう方法を開発した。
生命維持はコンピュータに任せ、
自分達はひたすら夢の世界で遊び続けてるんだ」
「目覚めないの?」
「彼らには、目覚めは恐怖だろうね。
手足も目も耳も口も内臓もあらゆる器官は
退化してしまったから。
ただ、口と肛門を繋ぐ管だけが、辛うじて残り、
笛のように風に鳴いているんだよ」
息子は、マシュマロ達を見つめたまま、しばらく口を開かなかった。自らの肉体を退化させた彼らが見ている夢とは、一体、どんな物だろうか‥。
快楽信号の受信器官と化した肉の塊が、あちらこちらで風に鳴いていた。その声は、進化の極限まで達した生物の、誇り高い笑い声のようでもあり、大事な玩具を捨てられ、それが二度と与えられないと知った幼児の泣き声のようにも聞こえた。
親子は、再び、船に乗り、空へ飛び立った。そして、また、どこかの星を目指して、長い旅を続けた。
生きるとは何か、について、尽きない会話を楽しみながら‥。
おわり