【第10回】本日はビアンキの命日、という話
こんにちは、
NAKKANです。
大好きなモータースポーツを文化にするため
モータースポーツの魅力を
多くに人に届ける活動をしています。
具体的には
モータースポーツ業界・クルマ業界で
転職しながらキャリアを積み、
現在は、モータースポーツに参戦する
チームのサポートや広報などを担当しています。
また最近
7.COLLECTION(セブンコレクション)という
ブランドを立ち上げました。
よろしければ「セブンコレクション」で
Google検索して、ぜひ見てみてください。
このnoteでは
僕自身のこれまでの体験をもとに
モータースポーツ観戦が
ちょっぴり楽しくなる話や
ビジネスや転職の話などを
書いていきたいと思います。
第10回の今日は
ジュール・ビアンキ選手の命日
というお話を書いていきたいと思います。
まずジュール・ビアンキ選手について
ご紹介します。
当時、将来を渇望されていた
若手F1ドライバーの1人。
当時のフェラーリ育成の中で
トップの成績であり、
現在フェラーリで活躍中の
シャルル・ルクレール選手にとって
尊敬する先輩ドライバーでした。
ビアンキ選手は
2014年のF1日本GPのレース中に事故に合い
闘病ののち、翌年7/17、
25歳の若さで亡くなりました。
(ここでは事故の詳細は割愛します)
現役のF1ドライバーが
亡くなるという出来事は
アイルトン・セナ選手の事故以来(1994年)。
F1をはじめ、モータースポーツ業界にとって
非常に大きな、そして悲しい出来事でした。
なぜ、今日この記事を書いたのか、というと
ジュールくんの事故を忘れないため、です。
モータースポーツで
同じような出来事を繰り返さないために。
一人一人ができることは
小さいかもしれませんが
定期的にジュールくんのことを思い出すことが
未来つながる、大切なことだな・・・と
個人的には思います。
この記事を見られた方は
当時の写真や映像などで
ジュールくんのことを
思い出してみてはいかがでしょうか?
以上、今回は
ビアンキ選手の命日というお話でした。
最後まで
ご覧いただきありがとうございました。
NAKKANでした。
あとがき
今年のF1日本GPで
後輩ルクレール選手が
ビアンキ選手のヘルメットで
参戦しました。
ビアンキ選手の事故から
10年目の鈴鹿。
ビアンキ選手が叶わなかった、
フェラーリF1に乗るルクレール選手の、
先輩を思う心意気に胸熱でした。
📸Ferrari