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納豆とうちゃん

ちょっぴり恥ずかしがり屋で照れ屋なのが、納豆とうちゃんだ。
納豆とうちゃんの出社時間は早い。
たちまち会社に現れて、だが、すぐさま退社する。

そうかと思えば、給料泥棒のおちゃらけ社員どもがトイレの鏡の前で長い時間かけてだらだと身だしなみを整えたり、用を足した後の手洗いからよく拭かない濡れた指先でスマホの指紋認証に失敗している、その背後で、うっかり気を抜いている様子を鏡越しに見せたりもする。

でもすぐに立ち直って駆け抜けて行くのが納豆とうちゃんの心意気だし、それが勤務評定を上げている理由でもある。

納豆とうちゃんの仕事は納豆売りなのか、ナット、そうではない。
「物売りには向いてねーんだよ、おいら」
と、立ち飲み屋でこぼしているところを数人の社員が聞いたことがある。

しかしながら、納豆とうちゃんは、物売りに向いていないから、納豆売りをしないのではない。
納豆とうちゃんの会社は、納豆販売の会社でもなければ、納豆製造でも、大豆農家でもなく、納豆菌やら藁やら、そいった類とは一切関係のない会社だからなのだ。

油の商いといえばお分かりだろうか。いや、大豆油とかそいうことではないのだよ、ちょっと納豆や大豆から離れてくれたまえ。油といっても、あれだ、石油とかそっちの方なんだ。
もっとも、納豆とうちゃんがあちこちで油を売っていることは違いはないわけではある。

それでも、納豆とうちゃんは品行方正だ。
ただかつて一度だけ過ちを犯したことがある。

お察しの通り、色恋にまつわるなんちゃらかんちゃらってやつさ。
相手は途中入社してきた色白の絹肌の豆腐屋の娘でね。
いやまあ、だからさ、大豆つながりってわけえでもねーんだけどさ。
まあそんで、あれこれあったその後で、それが相当こじれちまってね。
その色白の豆腐屋小町さんがよ、とうとう刃物を持ち出しやがったんだ。
絹肌の娘とのモメンごとってこったかな、刃傷沙汰だな。
あぶねーったらねーぜ。

そんでよ、こりゃあ血をみるんじゃねーかってところだったんだが、すんでのところで、たまたま通りがかった夜鳴きそば屋が止めてくれたんだ。
チャルメラ吹きながらよ。
言っとくが、豆腐売りのラッパと、ラーメン屋のチャルメラは別物だぜ、混同するなよ。

そんなわけで、君たちも納豆とうちゃんを見かけたら粘り強く見守ってやってほしい。

近づくと絡みつくから気をつけてな、情ってやつが深いもんでな。
絡んでもつれた色恋はたちが悪くてずっと糸をひきやがるぜ、まったくよ。

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鳴蛍しかと(なきぼたるしかと)
今後ともご贔屓のほどよろしく御願い申し上げます