連載小説 魂の織りなす旅路#3/不毛の地⑴
【不毛の地⑴】
「ほれ、起きれ。ほれ、行くぞ。」
重たい瞼を開けると、浅黒い皺くちゃの顔がこちらを覗き込んでいる。驚いた僕は身をよじり、咄嗟にこの見知らぬ男から離れようとした。
「話はあとやね。もう出発しなきゃなんねぇ。ほれほれ、起きれ。」
男が僕の腕をつかむ。腕を引っ張られた僕は、よろめきながら立ち上がった。何か言おうとしたものの、乾燥した上唇と下唇が張りついて上手く喋れない。
「ほれ。水さね。飲めれ。」
男は皮袋の水筒を僕に差し出した。僕は水筒の栓を抜いて、乾いた喉を潤す。どうやら低木の木陰で寝ていたらしい。木陰といっても葉はまばらだ。強い陽射しに晒された肌がヒリヒリと痛む。
「俺はあんたを知ってるさね。だけどあんたは俺を知らないやね。」
男は大きな白い布を僕に差し出しながら言った。僕はその大きな白い布で、裸の体を覆いながら不思議に思う。何故裸で寝ていたのだろう。
「裸なんが不思議さね。」
男は、僕の心を見透かしたように言った。
「そりゃあんた、あんたは生まれたてのほやほやだからやね。」
僕は裸でいることをからかわれた気がして、少し不機嫌に言う。
「裸だから生まれたての赤ん坊とはね。短絡的な発想だな。」
「そりゃあんた、あんたは赤ん坊じゃないやね。でも、生まれたてのほやほやなんやさ。」
「生まれたては、みんな赤ん坊だろう。」
「そうとも限らんさね。ほれほれ、おしゃべりは歩きながらでもできるやね。」
男は僕の背中を軽く押した。僕は足裏の赤土をしっかと踏みしめる。右足で踏みしめ、左足で踏みしめ、そうして交互に赤土を踏みしめながら歩きだした。
僕に何が起きているのか。僕は知らない。夢を見ているのだろうか。夢の中で起きて、夢の中で赤土を踏みしめ、夢の中でこうして、黙って歩いているのだろうか。
僕は歩く。赤土を踏みしめ、ひたすらに、黙々と歩く、歩く。僕は、歩いている。それだけが、今の僕に唯一わかっている真実だ。
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