連載小説 魂の織りなす旅路#47/暗闇⑴
【暗闇⑴】
最近、暗闇と自分が同化しているような気分になることがある。この目はもう光すら感知できないのだ。昼も夜もなくなって時間の感覚が鈍くなり、体の境界線が薄ぼんやりとして、僕は空間と融和する。
「お父さん、私がお腹の中にいた頃のお母さんのこと、覚えてる?」
縁側でお茶をすすっていると、庭いじりをしている娘が話しかけてきた。
「ああ。いつも大きなお腹をそれは愛おしそうにさすっていたよ。」
「お母さんはね、よく私にお父さんの話を聞かせてくれたのよ。」
水鉢に流れ落ちる水の音に乗って、娘の声がこだまする。お母さんはね、よく私にお父さんの話を聞かせてくれたのよ。聞き違いではなかろうか。娘は一体、何を言っているのだろう。妻は娘を産んだときに命を落とした。母親と話す機会など娘にはなかったのだ。
僕が困惑して何も言えずにいると、娘は縁側に上がってきて隣の籐椅子に腰を掛けた。いたずらっぽい声でクスクスと笑いながら言う。
「びっくりした?」
ほっとした僕は固まっていた体を緩めた。
「なんだ冗談か。驚いたよ。急に変なことを言い出すものだから。」
「あー違う違う。本当の話なの。冗談ではなくて真面目な話。」
娘は急に真剣な声になった。
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